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夢吐(うそつ)き

夢吐き 第二部-9

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その夜、佐川の前に自分の母親と彼女の母親がひきつった顔で座った。
両方の父親は、その後方のソファに向かい合って座り、気難し気に口を引き結んで腕組みしている。

先に口を開いたのは自分の母だった。
「萌音(もね)ちゃんと結婚してくれない?」
余りに唐突過ぎて、理解できなかった。
母の隣でうつむいている萌音の母が膝の上で握りしめる手がぶるぶると震えていた。
「結婚って・・・?」
「だから、萌音ちゃんとあなたが夫婦になるの」

佐川は何度か瞬きし、二人の母親を交互に見た。
それから、その背後に座る父親たちをうかがったが、二人は同時に視線をそらした。

「無理を言っていることはわかっている。
治療を続けるとはいえ、もう延命でしかないのは萌音ちゃんも知っているし、今はまだ普通に暮らしているけれど、いずれまともな家庭生活が送れなくなるのは目に見えている。
もちろん、私たちが全面的にサポートするし、あんたは、こっちに帰ってこなくてもいい」
「どういう意味?」
「だから、結婚してくれるだけでいい。
あの子は、あんなに美人でいい子なのに、誰とも付き合ったことがないんだって。
もちろん、言い寄られたことは何度もあるし、銀行の上司やお客さんからいい条件の見合いがいくつも持ち込まれていた。
でも、あの子は一切耳を貸さなかった。
それは・・・、その理由は、あんたもわかっているよね?」

二人の母親にすがるように追い詰められ、佐川はうなずくしかなかった。
高校卒業以来7~8年も会っていなかったというのに、なんと理不尽なことを言うのかと、佐川は混乱しつつも腹が立った。
確かに彼女の美しさに圧倒はされたが、けれど、今、結婚しろというのは横暴というより論外ではないか。
けれど、それを口にはできなかった。
萌音の母親が、こらえきれない嗚咽に体を震わせている。

「あんたに無理を言っているのは誰よりも私たちがわかっている。
理不尽な覚悟を迫っているんだからね。
でも、萌音ちゃんが不憫すぎて胸が痛くて、どうしようもないんだよ。
萌音ちゃんのためなら、今の私たちは鬼にでも何でもなれる。
あんたよりも今は萌音ちゃんの気持ちが大切なの。
何度でもあんたに頭を下げるよ。だからお願い。
まだ24歳なんだよ、あの子。
あと1年くらいしか生きられないなんてむごすぎる。
せめて、最後だけは幸せだったと思ってほしい。
小さい頃から想い続けた初恋の人と夫婦になって、最後まで見守られて・・・」

本当に胸を叩きながら訴える母の横で、萌音の母親が両手をついて頭を下げた。
その背後で、萌音の父親も黙って頭を下げる。

「こっちに帰って来いとは言わない。
内輪でお祝いをして、結婚写真だけを撮るだけでいい。
数日でいい、せめて夫婦らしい生活をして彼女が笑えば、それで私たちは満足なんだから」

いつのまにか、母もボロボロと涙をこぼしながら訴えていた。
佐川は座ったまま後ずさりもできず、二人の母親をみつめていた。

「萌音は・・・、彼女はこの話を知っているの?」
やっと絞り出した言葉は、佐川の気持ちとは裏腹だった。
佐川が無意識にせよ、拒絶していないことを感じ取り、母が顔をくしゃくしゃにして笑う。
「もちろん、知っている。彼女も『お兄ちゃんにだけは迷惑かけたくない。絶対に話さないで』って言っていたけれど、私たちはあんたに頼むしかないって思った。
もしあんたがこの・・・、萌音ちゃんの夢をかなえてくれるんなら、私たちが萌音ちゃんを説得する」

萌音の夢なのか、親の夢なのか。
親たちの萌音に対する愛に間違いはない。
しかし。
親たちのエゴにうっすらと嫌悪を感じながら、佐川は唇をかんだ。

こちらに来なくてもいいということは、別居生活でいいということだ。
形だけの夫婦でいいという。
けれど、それは確実に迫ってくる死期への防波堤にはならない。

佐川はうつむき、黙り込んだ。
萌音の運命と天秤にかけるものなどない。
自分の覚悟以外は。

「考えさせてほしい」
それだけをやっと絞り出し、佐川は4人の親の前から離れた。


「・・・結婚なさったの?」
佐川は深くうなずいた。自嘲めいた笑みが浮かぶ。
「そんな顔しないでください」
香子は思わず両手で頬を押えた。
確かに美談ではあるが、切なすぎて後味の悪さは否めない。

「誰が聞いても引いてしまう話だとはわかっています。
自分だって、ほかのやつの話だったら、思いっきり引きますよ。
ヒロイズムに酔った馬鹿な奴だと軽蔑さえしたでしょう」
「でも、佐川さんは承諾なさった」
「・・・しました。その夜は実家にいられなくて・・・本音を言えば両親と一緒にいるのが気持ち悪くて、終電でこちらに帰ってきました。
でも、翌日にはまた向こうに帰った。
そのまま萌音の部屋に行って、強引にプロポーズしました」
「萌音さんは?」
「最初はもちろん拒みました。自分と親の犠牲になる必要はないと。
私たちの都合で、あなたの戸籍を汚してなど欲しくない、あなたの人生を巻き込みたくないと言い募りました。
萌音も親たちの欺瞞を知っていました。
たった一人の娘が、恋人同士の他愛ないやり取りやデートの楽しみも知らず、ましてや結婚することも男に愛される喜びも知らずに死んでしまうという不憫さに、自分たちも耐え切れないのだということに。
その上、私には、病み衰えて苦悶する彼女を最後まで見守るという第三者からすれば拷問のような日々が待っている。
恋人でも婚約者でもない、ただの幼馴染なのにね」

けれど、佐川は押し切った。
顔だけではなく背中さえ見せて拒む彼女を抱き寄せ、拒む言葉を吐き続ける唇に、初めて男の唇を押し付けた。

ドア一枚向こう、固唾を飲んで様子をうかがっている親たちに「ありがとう」という彼女の言葉を聞かせるまで、どれほどの時間を要したことか。
最後はドアを隔てて両側で嗚咽する声を聞きながら、佐川は深く深く息を吐いた。

「半月後に両家の家族と親戚を集めてお披露目をして私たちは夫婦になった。
新居は私の実家でした。
もともと母方の祖父母との二世帯住宅でしたから、二人が亡くなった後、空いていた方に俺たちが入った。
二日ほどの新婚生活の後、俺はこちらに戻りました」

母親たちは、仕事を辞める必要はない、単身赴任したと思って週末に帰って来てくればいいといった。
籍も入れる必要はないとまで言われた。
けれど、周囲の反対を押し切って佐川は法律の上でも夫婦となり、仕事先には退職願を提出した。
もっとも、驚いた上司から理由を聞かれ、ある程度の理由を話したところ、上層部に頼み込んで2年間の出向という形で地元に戻してくれた。
入籍からひと月後、佐川は実家に戻り萌音と暮らし始めた。

「若気の至りだと言えばそうかもしれない。
親たちのエゴに対して、意地になっていたと否定はできません。
住まいには祖父母が使っていた家具や家電があったのですが、俺は萌音と一緒にすべて新しいものを買いそろえました。
すべて新しくすると俺が言った時、萌音は絶句して、それからすごく怒って、けれど、最後は泣いて喜んでくれた。
二人で地元の商店街を回って、顔見知りのおじちゃんやおばちゃんたちに冷やかされながら生活用品をそろえました。
萌音は本当に嬉しそうだった。
今振り返れば、ままごとのような新婚生活でしたが、俺たちは確かに夫婦になりました」

「私」から「俺」になったことにも気づかないのか、佐川は話し続ける。
香子はうなずくことさえできずに、佐川の声を聞いていた。

低くて厚みのある声は、けれど、さほど響きはない。
多分隣のテーブルには聞こえない。
香子一人だけが受け止めた話は、重くて哀しかった。

最初から死を見据えた結婚生活は、もろいガラスを抱くようなものだっただろう。
抱きしめずにはいられないのに、強く抱きしめれば壊れてしまう。
薄くて冷たい氷の上を二人で手を取り合って歩くためには、相手の重みを少しでも自分が引き受けようというお互いの思いやりしか命綱になりえない。

「奥様の体調は・・・」
亡くなったことはわかっているのに尋ねずにはいられない。
「1年半ほどは自宅でなんとか生活ができました。
治療のために二カ月に一度は入院が必要でしたが、あらゆる面で両家の親が完璧にサポートしてくれました。
近所の人たちもみんな俺たちを赤ん坊のころから知っていますから、何かにつけて可愛がってくれたし、仲のいい新婚夫婦だとほほえましく見守ってくれました。
最後の4カ月ほどは病院のベッドの上でした。
余命1年と言われていたのに、俺たちのために2年間、必死に笑顔で頑張ってくれた。
最後は、朦朧とした意識の中で、『ありがとう、ありがとう』とうわごとのように繰り返していた」

喉の奥がきゅっと音を立てる。
なんとか「奥様、お幸せでしたね」と告げれば、「そうですか?」と鋭く切り返されて、香子は、あっと顔を上げた。
佐川の目が射るように自分に向けられている。
「本当にそう思いますか?」
香子は睨み返すようにして、強く深くうなずいた。
「思います。愛する人を自分の運命に巻き込むことは本意ではなかったと思います。
愛する人には誰よりも幸せになってもらいたいと願うのが女ですから。
でも、それでも、あなたを自分の運命に巻き込み、愛されたい、一緒に苦しみたい、悲しみたいと願うのは・・・、哀しいけれど、性(さが)かもしれません。
佐川さんは、その願いを最後の命を懸けた願いをかなえてくださった。
奥様の感謝の言葉は、究極の愛の言葉だと思います。
それ以外の言葉は必要ない」

きっぱりと言い切った香子を睨むようにして見つめ返していた佐川は、やがて、がっくりと肩の力を抜いた。

「すみません。こんな話、誰にもできなかった。
東だって、幼馴染と結婚したとたんに病気が判明したと思って俺を哀れんでいる。
あいつの中では悲劇の男なんですよね、俺は。
本当の事情を知っているのは、家族とごく限られた親戚と当時の上司だけです」

憑き物が落ちたように佐川は肩を落とし、テーブルの上の空っぽの皿をみつめた。
食べ終えて時間がたっているというのに、ホールスタッフが下げに来なかったのは、やはりこのテーブルに張りつめた空気を感じていたのかもしれない。
その空気が緩んだのを目ざとく見つけたか、ウェイトレスが寄ってきた。
佐川は思い出したように、コーヒーのお代わりを二つ、彼女に頼む。

「申し訳ありません。まだ酔っているのでしょう。秋沢さんにこんな話を聞かせてしまって」
「いえ」
恋人を亡くした私なら、という甘えは仕方ない。
それを同病相憐れむというのだ。
いや、同じ穴の狢、類は友を呼ぶとでも?

そこまで自問すると、喉のあたりに何かがせりあがってくる。
そのうっすらとした嫌悪を熱いコーヒーとともに飲み下し、香子は心までが緩むのを感じた。
やはり佐川の話は重すぎた。
佐川も黙ってコーヒーを含んでいる。

「佐川さん」
「はい」
「・・・なぜ、奥様との結婚を決心されたの?」
ゆっくりと彼が顔を上げる。
唇に不思議な笑みが浮かんでいる。

「理由は、今となってはわからない。
あの当時は、親たちに迫られ、それしかないと思いました。
確かに彼女をかわいがってはいたし、縁談が数多く持ち込まれるほど美人で性格もよかった。
でも・・・、なんででしょうね。
同情、哀れみ、正義感、若気の至り・・・、いや、やはり愛していました、俺なりに。
愛していなくては、・・・彼女を看取れない。
けれど」
「けれど?」
「彼女は、俺の中にもあった欺瞞に気づいていたのかもしれない。
彼女と夫婦生活・・・、その、つまりベッドを共にできたのは結婚して半年あるかないかでした。
その時も、ベッドの中でさえ、彼女は俺を名前では呼ばなかった。
最後まで『お兄ちゃん』のままでした。
いくら叱っても、最後まで頑として変えなかった。
自分でも意識していなかったものを萌音は敏感に感じ取っていた。
俺の愛は、男女の愛、夫婦の愛というよりは、『覚悟』だったのかもしれない。
なのに、母親たちに、『7年間、本当にありがとう。萌音も満足しているはず。あんたは義務を果たした、もう自由になりなさい』と言われて怒っている自分がいる。
矛盾ですよね」

覚悟を愛だという佐川に、香子はふいに親近感を覚えた。
その理由はわからない。
けれど、それも愛なのだと、改めて思う。

親たちに幼馴染との結婚を迫られ、覚悟という一つの愛の形でそれに応えた。
彼なりに愛していた妻を失ってその死を抱いて生きて来たのに、同じ母親たちに『義務』を果たしたと言われた佐川。
そういわれたときの愕然とした表情は、容易に浮かぶ。
それは親たちの思いやりがなせる言葉だと、佐川自身もわかっているだろう。
親たちは愛するがゆえに、自分たちががんじがらめにしてしまった息子の人生を解放することが、娘への供養にもなると信じているはずだ。

けれど、それでも彼は深く傷ついている。

「佐川さん」
「はい」
「愛していらしたんですね、奥様を」
「なのに、彼女はもういない」

悲痛な響きが香子の耳を打つ。

そう、野木ももういない。

手を伸ばしても、名前を呼んでも、そこに野木はいない。
この理不尽さをどう耐えればいいというのだろう。





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