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夢吐(うそつ)き

夢吐き 第二部-6

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結婚式から2週間後、紗月から「お土産渡したいし、ご飯食べに来ない?」と電話が入った。
結婚式、・披露宴に引き続き、もう一つベタな話だが、彼らの新婚旅行先はハワイ。
「ハワイなんて何度も行っているでしょう」と皮肉ったのだが、「親たちは初めてだし」という仰天発言に、二の句が継げなかった。
つまり、東・紗月夫妻はお互いの両親とともにハワイへ旅立ったというわけだ。
もちろん、ハワイでは別行動だということだったが。

とにかく、香子は土曜日のランチに誘われたのだが、土曜日は取引先のレストランのイベントに重なり、翌日の日曜日に訪れることになった。
社割で在庫から紗月が一番気に入っていたワインを購入してリボンをかけ、手土産にしたのはいうまでもない。
二人が新居に選んだのは東の社宅で築30年のマンション。
2LDKの室内にはお互いに持ち寄った家具がすんなりと収まっていた。
統一感はないのだが、たった2週間の新婚生活だというのに、既に心地よい住処になっていた。

紗月と東が二人で作ったというオードブルやサラダ、パスタを肴にワインを傾ける。
紗月は決して家庭的ではないのだが、一人暮らしの長い東は料理が得意だという。
親戚一同が会した賑やかで和やかだった披露宴や、新郎新婦が赤面したゼミ教授の祝辞、ハワイで興に乗ってまたウエディングドレスをまとい、街中をそれで闊歩してショッピングを楽しんだなどの話題で、ランチは香子が思っていた以上に楽しいものになった。

途中で、東の携帯電話が鳴った。
「え、ああ、お前か。里帰りしてたのか?ああ・・・、そうか、もうそんな時期か。
土産?んなもん…、そうだ、これから来いよ。美味しいワインと俺が作ったパスタがある」

それだけを言うと、東はさっさと電話を切った。
紗月に問われる前に、「佐川。里帰りしてたんだってさ。土産があるからって言うから、誘った」と、あっさり告げた。
「ああ、30分もあれば来られるわね。じゃぁ、オードブル、もう少し用意しておくね」と、紗月が腰も軽く立ち上がった。

軽快なやり取りに、二人にとっての佐川の立ち位置がよくわかる。
香子はそっと自分のバッグに指を這わせた。
実は今日、新しい男物のハンカチを持ってきている。
プレゼント用のラッピングではなく、借りたハンカチと同じブランドで購入し、普通のボックスに入れてもらっただけだ。
出来れば紗月に託して、佐川に渡してもらうつもりだった。

でも、彼がここに来る。
偶然を喜ぶべきなのだろうかと、今日は少しだけ考えた。

紗月の言葉通り、30分余りで佐川がやってきた。
地下鉄で20分ほどのところに住んでいるという。
初対面の時も結婚式の時もスーツ姿だったので、ポロシャツにチノパン姿の彼はひどく新鮮に見えた。
もっとも、スーツの時にはさほど目立たなかったが、ポロシャツだと彼の胸板の厚さがよく分かった。
その驚きの表情が顔に出てしまったのかもしれない。
東が「こいつ、今も草ラグビーやってるんですよ。そろそろ引退しないと、骨折でもしたら若いときと違ってなかなか治らないぞって脅しているんですけれどね」と、笑いながら佐川の背中を小突いた。
東の言葉にも、佐川は照れくさそうに笑っただけだった。

初めて会った時と同じように、佐川は4人でテーブルについても、東や紗月の話をニコニコ聴いているだけだった。
決してでしゃばることもなく、けれど、合の手のタイミングは絶妙で、だからこそ余計に東や紗月の話は滑らかに進む。
香子も同じように相槌を打ちつつ、佐川の聞き上手っぷりに舌を巻いていた。

香子と佐川が辞したのは、そろそろ街並みが藍色に包まれるころだった。
夕食もと誘われたのだが、さすがにそこまで図々しくはなれない。
最寄りの地下鉄の駅まで一緒に歩いていると、突然、佐川が「あっ」と声を上げた。
「土産、渡すのを忘れてきた」
同時に、香子も「あ」と目を見張る。
「私も、ハワイのお土産、もらうの忘れました」

二人顔を見合わせて、今来た道を振り返った。
戻っても10分かからないが、佐川は肩をすくめると、ショルダーバッグの中から小さな包みを取り出した。
包装紙には、「●●名物××漬け」と書かれている。

「東が好きな地元の漬物なんです。私も大好きなんですけれど、本当においしいんですよ。どうぞ、食べてください」と、差し出した。
「せっかく買っていらっしゃったんでしょう?受け取れません。
もう一度、戻られたら?」
「いいですよ、どうせあいつも忘れているでしょうし。
秋沢さんも見たでしょう?今はお互いのことしか見えてないんだから」

佐川の言葉に、香子も「本当に」と深くうなずく。
そして顔を見合わせて笑いだしてしまった。

「あの二人が大喧嘩して別れたなんて信じられない」
「秋沢さんにも見せたかったですよ。周りの人間にとっては迷惑この上ない二人だったんですから。
まぁ、それほどに愛し合っていたってことでしょうけれどね。
余りに愛しすぎて、離れるなんてできなかった。
離れてしまうなら、いっそのこと別れてしまうほうが幸せになれると思った。
・・・若かったんですよね、二人とも」
言いながら、佐川はさりげなく漬物を香子の手に渡した。
まるでその言葉の重みのように包みを受け取ってしまう。
「でも、今なら、たとえば、どちらかが単身赴任になるとしても結婚したでしょうね。
長い遠回りをして、お互いの心がお互いの一番心地いい場所だと分かったんですから」

佐川が先に歩き出す。
香子はその幅広い背中をみつめた。

瑞人の背中はたくましいけれど、思わず手を伸べたくなる甘さがあった。
恭祐の背中には、若さだけが持つ無防備さと柔らかな怯えがあった。
けれど、佐川の背中には、どんな苦悩をも包み込むような強靭さが宿っている。
それは、若くして愛する妻を亡くしたという哀しみを受け入れた強さだろうか。

私の背中はどう見えるのだろう?
誰も私の悲しみに触るなという拒絶のオーラしか放っていないのだろうか?

香子は苦笑すると、先ほどから手のひらに重たい包みを見下ろした。
他にしまうところもなく、トートバッグの中に入れる。
その指先に固い箱の感触があった。
香子はそれを取り出すと、佐川の背中を追いかけた。

佐川は先に地下鉄の入り口に立ち、こちらを振り返っていた。
追いついた香子は、彼の前に小さな箱を差し出した。
怪訝な表情をした彼が、冗談めかして言った。
「物々交換ですか?あなたも彼らに渡すものを忘れていた?」
「いいえ。これは先日お借りしたハンカチです」
「ああ・・・。でも、これは洗濯済みというより新しいもののように見える。
それに、あれは、私が悪かった」
「佐川さんの責任ではありませんので。あくまでも私のほうの事情ですから。
佐川さんに受け取っていただけないと、処分するしかありません。
父親や兄にハンカチを渡したらこちらの事情を聴く前に『絶縁のつもりかっ』って怒りだすだろうし、ほかには・・・、使ってくれる人がいませんので」

一瞬、佐川の眉間に亀裂が入った。
けれど、ふいッと唇の端を緩めると手を差し出してきた。
箱を渡そうとした香子の手首を、その太い指がつかむ。
驚愕する前に、佐川は香子を引っ張るようにして歩き出した。
「この近くに私の行きつけのお店があるんです。
以前は東と一緒によく通ったんですが、ここ最近、私はご無沙汰していて。
実は、今日も帰りにちょっと寄ろうと思っていたんです。マスターの顔を見たかったし。
ちょうどよかった、ハンカチのお礼にカクテルをごちそうします」
香子の抗議などものともせず佐川は半ば強引に、それどころか、あっという間に腰まで抱きかかえられるようにして連れ去られてしまった。




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