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夢吐(うそつ)き

夢吐き 第二部-4

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紗月と東が挙式したのは、ブライダル雑誌のランキングで常にトップ5に入る場所だった。
都心にありながら閑静な住宅街の一角、鬱蒼とした森に包まれたレトロモダンな建物は、某財閥の隠れ別荘だったという触れ込みだった。
和洋折衷の建物は、保守的な親戚や恩師をも納得させ満足させるだけのクラシカルな外観に、地方在住の親戚が気後れしないだけの、ひとしずくの軽妙感が入り混じり、そして何より誰もが穏やかに見渡せる品の良さがあった。
精巧で緻密な彫刻が施された高い天井、ふんだんに配されたステンドグラス、天鵞絨が美しいアンティーク家具に、参列者たちはひそやかに感嘆の声を上げ、指を這わせる。
滑らかな時の蓄積には、すべての人に、ここで華燭の典を上げる二人への心からの祝福と幸せを祈る気持ちを包み込む大らかさがあった。

豪華絢爛な池泉鑑賞式庭園は純然たる日本庭園だったが、その一角に佇むのは、このブライダルホールの売りの一つ、「祈りの館」と呼ばれる小さな教会だった。
日本庭園は仏教や神仙思想を反映した精神の空間と言われるが、その池のほとりに仏教とは相いれないはずの石造りの建物が、何の違和感もなく建っている。
このチャペルは、初代の持ち主が外国人のゲストのために造ったのだそうだ。
最初から綿密な計算をしてあるだけに、石組みや樹木とのバランスも絶妙で、さながら一枚の絵だった。
さすがに内装は現代的にシンプルスタイリッシュに改装されていたが、昔からある緻密なステンドグラスはそのまま生かされ、ここでの挙式は多くの女性のあこがれなんだそうだ。
披露宴での料理も1流ホテルのレストランで腕を磨いたシェフが腕を振るう和風フレンチが好評で、大安吉日なら平日でも1年待ち、休日に重なるなら、大安のみならず友引、先勝でも1年半待ちと言われているらしい。

にもかかわらず、婚約からたった3カ月の新参者が挙式できたのは、たまたま見学に訪れた日にキャンセルが出たからだった。
キャンセル待ちのリストも結構長かったようだが、ダメもとでと一番最後に名前を記入しておいたところ、「さすがにたった3カ月では準備が・・・」という辞退者が続出。
大安吉日ではないものの、土曜日の午後というラッキーな日が転がり込んできて、二人はすぐに契約に走ったのだという。
他のカップルが危惧した「たった3カ月」だが、そこはやり手の営業マンのふたり、プランナーが舌を巻くほどの段取りの良さでサクサクと事を運び、無事挙式&披露宴に持ち込んだ。

当日は、二人のオーラに圧倒されたか、晴れやかな1日となった。
大正浪漫漂う邸宅とそれを包み込む緑の若芽が光を深く取り込み、小さな教会のバージンロードを歩く紗月をより美しく輝かせた。
ドレスはシンプルなデザインのベアトップドレスだったが、目を凝らせば、繊細なレースが幾重にも波打つ、非常に手の込んだものだった。
そのドレスがよく似合う紗月は、10年の付き合いになる香子をしてため息をつかせるほどのプロポーションと普段はすれ違う人の目を引く容貌を、伏し目がちな表情とあえかな微笑で楚々と演出。
今では古い小説にしか登場しない言葉かもしれないが、「臈長けた花嫁」という言葉が、瞬時に浮かんだほどだった。
長身同士のカップルを祝福するようにステンドグラスから注ぐ綾織の光は、天使のフラワーシャワーを思わせた。

昔は賓客をもてなしたと思われる大広間で行われた披露宴も、和やかで心温まるひと時を香子に与えてくれた。
とはいえ、100人ほどの招待客の半分が両家の親戚だったことには驚いた。
そんなベタな挙式、披露宴とは全く無縁そうに見えたカップルだというのに、披露宴会場では「久しぶり。元気しとったんかい」だの「カズシんとこのカヨちゃんももうすぐ嫁ぐらしいけれど、北海道だってから行くのが大変だ。そっちは行くんか?」とか、ひどくのどかな会話があちこちで交わされていた。

今さらながらだが、紗月は中国地方、東は北関東という組み合わせで、紗月に至ってはなんと5人きょうだいの末っ子なのだという。
披露宴の後、紗月の姉夫婦、兄夫婦たちは某テーマパーク提携のホテルで一泊、翌日はそのテーマパークで子どもたち(つまり紗月の甥や姪)を遊ばせるのだという。
もう少し年齢の高いグループは新幹線で帰路に就き、途中下車して、こちらものんびり温泉三昧なのだそうだ。

祝辞は、二人が大学卒業直前に別れの修羅場を演じたとき、巻き込まれて大変な迷惑をこうむったと自他ともに認めるゼミの教授。
既に退官していたが、二人の教え子のためにわざわざ隠遁先の北海道から駆けつけ、その顛末を面白おかしく暴露してくれた。
両親をはじめ、親戚関係、今の仕事関係の出席者は目を白黒していたが、最後は心から(安堵)の祝いの言葉に、満場の爆笑と拍手が起こった。

そんなこんなの披露宴が終了したのは午後6時過ぎ。
既に陽は落ち、あたりは藍の帳に包まれている。
森は緑を深くして闇を抱え、ライトアップされたブライダルホールだけが白々と明るい。
新郎新婦は両親たちとともにその邸宅の一角にある宿泊施設で、親子水入らずの時間を過ごすという。
最後まで賑やかだった親戚一同が送迎バスでそれぞれ去ったあと、ブライダルホールを囲む森の前では、新郎新婦の友人知人のグループが、別れの挨拶を交わしたり、二次会・三次会の打ち合わせをしながらそれぞれの最寄り駅に向って散らばっていった
香子の会社の上司や同僚たちも二次会の店の確認をしている。

その後ろを、引き出物を下げた男たちがぞろぞろと歩いてゆく。
その中に見知った顔を見て、香子は小さく頭を下げた。
佐川だった。
察するに、そのグループは新郎の大学時代の友人たちなのだろう。
チャペルでの挙式でも披露宴でも彼を見かけたが、一度も視線を交わすことはなかった。
お互いの視線はそれぞれの親友に向けられていたからだった。
すべてが滞りなく終わった今、佐川も香子の姿を認めたのか、小さく微笑み返してきた。

「秋沢さん、二次会、行かないの、ホントに?」
同期の男性営業マンに声をかけられて、香子は向き直った。
「ええ。みんなで楽しんで。私はヤボ用」
にこやかに答えると、彼は、一瞬、下卑た表情を浮かべたが、すぐに周りの同僚や上司とともに歩き去った。

香子はその一団を軽やかな笑顔で見送ると、ゆっくりと背後の森を振り返った。
香子たちのグループが最後の客だったのか、つい先ほどまで華やかなざわめきを包んでいた森はいま、静寂に包まれてひっそりと緑を濃くした。
ブライダルホールだけが煌々とライトアップされ、森の暗さとの対比でさらに煌めいて見える。
遠くから都会がはらむ喧騒が潮騒のように押し寄せてくる。

アプローチロードを照らす淡い照明の中で、香子はふいにぶるっと震えた。
紗月の高揚した笑顔は嬉しかったが、ひと時の興奮が収まると、寂寥感が迫ってくる。
同僚たちと笑顔で別れたものの、それが仮面のように貼りついたままの顔でめまいに耐える。
思わず伸ばした手が誰かに触れ、「大丈夫ですか?」という声とともに、大きな手のひらに両肩が包み込まれた。
スプリングコートの薄い生地を通して誰かの温もりが、じんわりと伝わってくる。

間もなく桜も満開になるというこの時期に、自分の体は冷え切っていたのだと、改めて香子は知った。
紗月はベアトップのドレスで頬を高揚させていたのに、自分はドレスの上にコートを羽織ってなお、孤独に震えている。

「秋沢さん?」
手のひら同様、大らかな声だった。

どこかで聞き覚えがある。
でも、野木ではない。
野木は、「秋沢」と呼び捨てだった。
野木の声はもっとなめらかで、耳元でささやかれれば、ぞくりと震えてしまうような艶があった。

この声は、そう、窓のフレームに宿る、穏やかな冬の陽ざしのような・・・。

「秋沢さん、大丈夫ですか?聞こえますか」

あっと、意識が鮮明になる。
香子は慌てて姿勢を取り戻し、自分を支えてくれた手を振り払おうとしたが、がっしりとした手は動かない。
上げた顔の前にあったのは、予想通りこちらをのぞき込む佐川浩也の大きな顔だった。
「顔色が悪い。大丈夫ですか?」
「すみません、大丈夫です」

狼狽しながら身をよじると、彼も気がついたのか両手をそっと香子から離した。
「本当に大丈夫ですか」
「はい。すみません、ちょっとめまいがして。今日、はしゃぎ過ぎたみたいで」

しどろもどろに言い訳して背筋を伸ばす。
ふいに引き出物を持っていた右手が軽くなった。
「これ、持ちましょう」
言いながら、佐川が片手に二つペーパーバッグを持つと、もう一度香子の腕を取って支えようとした。
強い拒絶に見えないようにと願いながら体を引くと、彼も気づいたのか、腕を下ろす。

「少しどこかで休みますか?もしなんなら、もう一度あそこに戻って、中のカフェでも」
「あ、いえ、大丈夫です」
背筋を伸ばし、9センチヒールのかかとを、一つ、カツンと鳴らす。

これで大丈夫。
頭を上げると正常感が取り戻せたようで、香子は内心、安堵の息を吐いた。
そして、ふいに思い出す。
佐川は先ほど友人たちと歩き去ったのではなかったか。

思わず彼の顔を見上げる。
照明の加減で、彼の顔の半分は薄闇の中にある。
けれど、残る半分は、穏やかな微笑を浮かべていた。
「佐川さん、お仲間たちは?」
「え、ああ。あなたが二次会は行かないと言っているのが聞こえて、ちょっと気になって戻ってきちゃったんです」
「は?」
「あ、いえ、その、・・・声が、あまり楽しそうじゃなかったから。
案の定、秋沢さん、ブライダルホールをじっと見つめていたから・・・」

バツが悪そうに視線をそらし、定番のように後頭部に手をやる。
バツが悪いのは香子の方だった。
つい先ほどまで和やかな時間を過ごしていた場所を未練がましく振り返っていたのを目撃されていたなんて。

「あの、何か忘れものでも?」
屈託を察してわざとそう聞いてくれたのだと、香子はすぐに気付いた。
いつから香子の様子をうかがっていたのかはわからないが、不思議と不快感はない。
骨太の大きな体をしているが、声は低くほんのり明るい。

先ほど、窓枠に宿る冬の陽だまりだと感じたのはそのせいか。

「そんなに羨ましそうでした、私?」
「は?」
「それ、図星です。羨ましくて妬ましくて仕方なくて、ブライダルホールを睨んでいました」
投げやりで乱暴な口調に、佐川は破顔した。
「付き合いは長いが、いまだかつてあんなに幸せそうで嬉しそうな二人を見たことがない。あの二人を見て、羨ましく思わないシングルはいないでしょう」
彼が外国人のように肩をすくめ、上げた両手の片方を香子は素早く見た。
結婚指輪はない、一応。

「佐川さんもそのお仲間?」
彼は香子の視線の意味を知ると、今さら気づいたように自分の左手を眺め、ほのかに微苦笑を浮かべた。
「5年前にシングルに戻りました」
「離婚なさったの?」
「いえ。病気で」

淡々と告げられて、香子は一瞬、その意味がつかめなかった。
目を見張ると、佐川が眉毛を柔らかく下げる。
その緩やかな視線に潜む哀しみに気づいた時、ふいに香子の涙があふれた。
止められなかった。




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