FC2ブログ

夢吐(うそつ)き

夢吐き 第二部-3

 ←夢吐き 第二部-2 →夢吐き 第二部-4
紗月が連れて行ってくれたのは、電車で二駅ほど離れた店だった。
メインストリートから一本路地を入った雑居ビルの1階、外観は和風で、引き戸を開けた内装もしかり。
イスが5客の白木のカウンターと四人掛けのテーブルが四つ。
シンプルなしつらいには、どこにも沖縄のニュアンスはない。
ひとことで言えば品のある創作和食の店といった風だった。
既に客は入っていたが、紗月は予約をしていたようで、絣の着物を着た女性に一番奥のテーブルに案内された。

紗月の正面、壁際の席に押し込められ、メニューを渡される。
「ここ和食の店なんだけれど、奥さんが沖縄の人で沖縄料理も食べられるのよ」
といいつつ、振り返って入口の方を気にしている。
その甲斐あってか、二人が着席して5分もたたないうちに男性が二人、のれんをくぐってきた。

前にいる端正な顔立ちの男が紗月の婚約者の東で、もう一人もスーツ姿の男だった。
背後から入って来たのに前に立つ東のフォルムからはみ出して見えるほど、体格のいい男だった。

あっと思って紗月を見ると、彼女は横顔を見せて東に手を振ったりしている。
狭い店だし、入り口からまっすぐ奥のテーブルに座っているのだから所在を知らせる必要などない。
明らかに香子の非難を避けている。
香子はその横顔を睨みつけたが、紗月はそ知らぬ顔をして、婚約者とその連れを迎え入れている。

しかし、香子の警戒感を感じ取らないはずはないのに、3人は何の屈託もなく食事を楽しんだようだった。
紗月の昔の恋人であり現在の婚約者である東は、大学時代の同級生。
現在は中堅のゼネコンで営業マンをしており、さすがに如才ない話術でぎこちない場をそれなりに盛り上げてくれた。
彼が連れて来た佐川浩也は、東と同郷だという。
高校、大学が一緒で、紗月と東は昨夏、開催された同窓会で再会し、やけぼっくいに火がついて婚約に至ったのだが、なんと佐川もその同窓会で久しぶりに二人と会ったのだという。

高校時代は交流はなかったのだが、3年時に同じゼミで再会、紗月も交えてそこそこ仲が良かったらしいのだが、卒業後、お互いに仕事が忙しくなりいつしか疎遠になっていた。
特に佐川は転勤で一時期地元に引っ込んでいたので、同窓会に参加したのも初めてだったという。
久しぶりに会ってテンションが上がった二人は、それから時々飲むようになり、紗月と東が急接近して婚約すると同時に、3人でもよく食事をしていたらしい。

そんな話を、東が面白おかしく語って聞かせてくれた。
3人が同級生という、香子にとってみればとんでもないアウェイだったのだが、そんなことはみじんも感じさせない東の仕切りは見事だった。
その如才なさに、同じ営業(ウー)マンとして、香子は純粋に感心してしまった。
一方の佐川は東の話をニコニコと聞いている。
仕事は「事務作業です」と控えめな口調で自己紹介したが、アメリカンフットボールでもやっていそうな筋肉質の体からは想像もつかない。
それでも、東に感じたような同業者の匂いはしなかったので、営業ではないことだけは確信できた。

いつもはうるさいほどしゃべる紗月も、洒脱に会話を続ける東の横顔を頼もしげに眺めている。
大学時代は半同棲もしていたらしいが、卒業直前に周囲を巻き込んでの修羅場の末に別れたと以前聞いたことがある。
しかし、10年たった今、並んで座る二人が醸し出しているのは、大人の恋愛だけが持つ成熟した情熱だった。
ただ激しいだけではなく、その中にお互いを包み込むような大らかさがある。
ふいに涙がこぼれそうになって、香子はお酒を飲むふりをしてうつむいた。

羨ましい。
羨ましい。
羨ましい。

なんとお似合いの二人だろう。

空になった猪口に、すかさず徳利が傾けられる。
佐川が黙って新潟の地酒を注いでくれる。

「大学時代のこの二人を、今、ここに連れてきたいくらいです。
もう、顔を合わせれば喧嘩ばかりで、よく同棲できるなって感心していたくらいです。
でも、結局、東の新人配属先が東北になって遠距離恋愛になることが確実になったときに、前代未聞の大喧嘩をして、その就職先を紹介した教授にまで迷惑かけて別れたんですよね。
その二人が、まさかねぇ」

大げさに呆れる口調で、佐川は香子に笑いかけた。
ニューファンドランドを思わせる大らかさの塊のような笑顔だった。
どちらかと言えば細面の端正な容貌の東に対して、あごが横に張り出した顔は決してハンサムだとは言えなかった。
けれど、大づくりなパーツがバランスよく配されていて器の大きな男だという印象を与えてくれる。
短く刈り上げた髪の毛も清潔感がある。
いつの間にか二人きりの会話にはまり込んでいる紗月と東を眺めながら、初対面の二人は苦笑しながらお互いの猪口を満たし合った。
最初こそいささか緊張したが、自然に彼ら3人のテリトリーに馴染んでいた。
芳醇な酒が滑らかに喉を落ちていった。

店を出たのは1時間半後。
刺すような風さえ、アルコールと楽しい会話で火照った頬には心地よく感じられたほどだった。
その場で東と佐川は「俺たち二次会行くから」とあっさりと背を向けた。
あっけにとられている香子の横で、紗月も「じゃぁね、あとからラインするね」と手を振っている。

二人の大きな背中が雑踏に消えると、紗月も「帰ろか」と回れ右をして歩きだしたが、4.5歩ほど歩いてぴたりと足を止めると、怪訝な顔をして振り返った。
香子は返事をしないで目を尖らせた。
形の良い唇を軽く結んで、紗月は引き返してくる。

「いくら私でも野木さんの1周忌が終わったばかりなのに、あなたをブラインドデートに誘ったりしないわよ。
彼が佐川クンもつれてくるって言うから、じゃあ、こっちもと思って誘っただけ。
でも、やっぱり無神経だったかもしれない。ごめんなさい」

紗月は何の衒いもなく頭を下げた。
香子は一つ息を吐くと、「ごめん、こっちの邪推。神経質すぎた」
頭を上げた紗月が、少しだけ眉の間を狭めながら香子を見返した。
この1年、何度も出会った表情だった。
「心配させて、ごめん」
「いいよ、当然でしょう?まだ1年なんだもの。
特に最近、1周忌が近づくにつれて、なんかもう迂闊に近寄れないようなオーラ出していたからね」
「え、うそ」

紗月が呆れたように口をへの字にした。
「自分で気づかないのは当然だけれど、後輩たちから『山本さん、秋沢さんを何とかして』って直訴されていたのよね。
みんな理由を知らないから仕方ないんだけれど、私、ハラハラしていた。
いじらしいというか、痛々しくて。
香子が黙っていることを私がバラすわけにもいかないし、だから、少しだけ待っていてッて抑え込んでいたの」

香子は思わず自分の頬に手を当てた。
その手に、紗月の手が重なってくる。
「この1年、声を上げて笑ったことないよね、香子。当然だと思う。
ほんのり微笑むときも、なんていうか、ちょっと左側の口角を上げるだけ。
それって・・・それって、野木さんの真似だよね。
なんか、それ見るとこっちも悲しくてね」
紗月の手が離れると、手の甲が突然に寒くなった。

「1周忌が終わって、今なら野木さんに対しても失礼じゃないだろうと思って今夜誘ったのよ。
いいやつでしょ、佐川君。変に饒舌じゃないし、性格も穏やかだよ。
それに、香子、今夜は楽しそうに微笑んでいた。
もちろん、うちの東の話が面白いからだけど、でも、佐川君がそばにいても嫌そうじゃなかったし。
って、別に勧めているわけじゃないからね。
ホントに少し気分転換になればいいなぁって・・・」
「もういいってば。ごめん、気を使わせて」

ありがとうと、聞こえるようにつぶやいて、両手をコートのポケットに入れて先に歩き出す。
周囲にそんな思いをさせているとは気づかなかった。
1年前の事故直後も何とか乗り切っていたと思っていたのに。
確かにここ最近、あまり周囲が見えなくなっていたのは認める。
多忙な仕事にすがるようにして毎日を過ごしてきた。
瑞人を喪った日が1日1日と近づいてくるのが怖かった。
だから、仕事にのめりこみ、結果、会長賞がもらえるほどの成績を上げた。

あの日、篠宮恭祐と再会し、刺々しい会話にさらに瑞人の存在が重くなった。
それで何かが終わったわけでも始まったわけでもない。
相変わらず眠れない夜は来るし、ふいに涙があふれて自分ではどうしようもなくなり、ラフロイグを煽る夜もある。

それでも、今夜、心の中で、ことりと何かが音を立てた。
何が音を立てたのかは、まだわからないけれど。

郊外へと延びる地下鉄の入り口で紗月と別れる。
階段を下りてゆく彼女の背中を見送りながら、香子は一つ息を吐いた。
どんな雑踏の中にいようと、今の彼女は見分けられる。
黒いコートを着ているというのに、その背中は透明感のある淡い光に包まれている。

今まで私の背中から、あれほど純粋な光が放たれたことはあるだろうか?
誰かを愛し、愛される喜びにこぼれる光が、周囲の人をも巻き込んで浄化してゆくようなことが?

紗月の背中が見えなくなると、香子はくるりと踵を返した。
既に頬の温もりは冷たい風が拭い去ってしまった。

また長い夜が始まる。





もくじ  3kaku_s_L.png 日記
もくじ  3kaku_s_L.png ライナーノーツ
総もくじ  3kaku_s_L.png 1月の花
もくじ  3kaku_s_L.png 2月の花
もくじ  3kaku_s_L.png 3月の花
もくじ  3kaku_s_L.png 4月の花
総もくじ  3kaku_s_L.png 5月の花
総もくじ  3kaku_s_L.png 6月の花
総もくじ  3kaku_s_L.png 7月の花
総もくじ  3kaku_s_L.png 9月の花
総もくじ  3kaku_s_L.png 10月の花
総もくじ  3kaku_s_L.png 11月の花
総もくじ  3kaku_s_L.png 12月の花
もくじ  3kaku_s_L.png 残り香(完結)
もくじ  3kaku_s_L.png 愛を刻む夜に
もくじ  3kaku_s_L.png 半夏生(完結)
総もくじ  3kaku_s_L.png 不埒な双子シリーズ
総もくじ  3kaku_s_L.png 街角シリーズ
総もくじ  3kaku_s_L.png リュウ&コウシリーズ(BL・完結)
総もくじ  3kaku_s_L.png 「鳥」シリーズ
総もくじ  3kaku_s_L.png 天使シリーズ
もくじ  3kaku_s_L.png 揺籃歌(完結)
総もくじ  3kaku_s_L.png 覇王の丘(完結)
総もくじ  3kaku_s_L.png 二次創作(四月の雪)
総もくじ  3kaku_s_L.png 二次創作(冬のソナタ)
もくじ  3kaku_s_L.png 未分類
【夢吐き 第二部-2】へ  【夢吐き 第二部-4】へ
  • Tag List 
  •  * |

~ Comment ~

管理者のみ表示。 | 非公開コメン卜投稿可能です。

~ Trackback ~

卜ラックバックURL


この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)

  • 【夢吐き 第二部-2】へ
  • 【夢吐き 第二部-4】へ