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夢吐(うそつ)き

夢吐き 第二部-2

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翌朝、いつもより1時間早く出社して昨日休んだ分の仕事を片付けると、香子は出社してきた紗月に向き直った。

「昨日、あの子に会った」
「あのこ?ああ、恭祐君?まぁ・・・、当然よね。あの子、月命日にも通い詰めているそうだから」

香子は驚いた。彼からはそんな話、一度も聞いたことがなかった。
自分自身、あの場所に行くのはつらかった。
瑞人が亡くなったということを1年たった今も実感できないのに、けれど、あの場所を車で通り過ぎるたびに思わず目をそらしてしまう。
自らあの場所に立ったのは、事故のすぐあとと、昨日のたった二度だけ。

なのに、事故に巻き込まれた当事者であり、瑞人を喪ったあの場所に、彼は毎月通っているというのか。
そのたびにつのる喪失感と痛みをどうやって耐えているのか。

「あの子、痩せていたでしょう?芝居をやっていた時は何とか精神が持っていたみたいなんだけれど、最近、思い詰めている風だって牧野さんが心配しているのよね」
「牧野さん?」
「ああ、N&上条コンサルティングのマネージャー。スケジューリングとか、実質切り盛りしている人よ。
野木さんのこともかわいがっていたそうで、事故の後、あの事務所を辞めるつもりでいたんだけれど、上条さんに泣きつかれて残ったみたい。
その牧野さんが心配しているのよね。
篠宮君、大丈夫なのかって」
「昨日は、仕事があるから何とかって言っていた。仕事はちゃんとしているんでしょ?」
「まぁ、まだアシスタントだけれどね。
野木さんがあっちこっち連れ回していたから仕事の要領はわかるし、上条さんなんか重宝しているみたいよ。
それに、恭祐君のおかげで上条さん、かなり助かっているらしいから」
「どういうこと?」
「恭祐君のご両親が離婚してるってこと、知っていたわよね?」
「ええ、まぁね」

紗月の皮肉めいた視線をやり過ごす。
恭祐と何度か会っていたことは紗月に報告していたが、恭祐のプライベートな部分までは話していなかった。

紗月によると、事務所のスタッフは、恭祐の二人の父親が収益も順調な会社経営者であることは知らなかった。
瑞人も恭祐も口の端にも載せなかったらしい。
大学への再入学や大学卒業後もほとんどフリーター状態で芝居にうつつを抜かしていたことから、実家もそこそこ裕福なのだろうと想像していた程度だった。
ところが、事故の後、恭祐のバックボーンを知った。
その上、二人の父親は、自分たちの息子を命がけで守ってもらったという恩を、優良なクライアントを紹介するという形で返してくれた。

さすがに父親たちをクライアントに望むほど上条は厚顔ではなかったが、野木の死による恩恵は周囲の想像をはるかに超えていたようだ。
ゆえに、上条にしてみれば、恭祐は優秀なアシスタントである以上に金の卵を生み出す家鴨になった。

「牧野さん、少しだけ上条さんに腹立てているみたい。
野木さんが亡くなって棚ぼた式でオフィスを手に入れたし、新しいクライアントも労せずに手に入れた。
美味しい思いばかりして、あげくデキ婚でしょ?
彼女、近いうちに辞めるんじゃないかな」

紗月の口調にもささやかな嫌悪感がにじみ出る。
そんな会社での自分の微妙な立ち位置を、あの子はどう受け止めているのだろう。
飄々としていながら、時に辛辣で自虐的な言葉を突き刺してくるのは、彼なりのイージスなのかもしれないが。

「あ」
突然上げた声に、紗月が「何っ?」と目を見開いた。
「初めて彼とお茶飲んだんだ」
「はい?」
「いつもあの子と歩きながら野木の話をしていたの」
「お酒も飲まないで野木さんの話をしているの?ずっと歩きっぱなし?」
「うん・・・、だって、食べながらとか、飲みながら話せないよ、野木のことは」

並んで歩いていればお互いに顔を見なくて済む。
お互いの顔を見ながら野木の思い出なんて話せない。

「そっか・・・」

背中にそっと温もりが載せられる。
見上げると、紗月の潤んだ目で迎えられた。




ひと月後。
翌日の注文票を各担当者にメールし、日報をかき上げてエンターキーを押したのを見透かしたように、紗月が声をかけてきた。
彼女はもうコートを羽織り、トートバッグを肩にかけている。
「これから何か約束ある?」
「ないわよ」
毎週末はお泊りデートをしている彼女に当てつけるように言うと、「じゃぁ、海ほうずき、どう?」という。

怪訝な顔で見返すと、「沖縄料理のおいしいお店、見つけたのよ。食べに行かない?」と、重ねてくる。
「や~よ、デートなんでしょ、東さんと。お邪魔虫するほど野暮じゃないわよ」

紗月の婚約者、東 遼一とは何度か会ったことはある。
ここ数年の紗月の男の趣味の悪さ(いわゆるダメンズばかりだった)には内心閉口していたが、東だけは違った。
この男と別れてしまったというトラウマが、変な男とばかり付き合うという反動になったのかとさえ思ったほどだった。
彼と再会した同窓会を開催してくれた幹事には、紗月の友人として感謝状を贈りたいほどだ。
とはいえ、そうそう彼らのデートを邪魔するわけにはいかない。

「なに言っているのよ。結婚したら毎日一緒なんだから、今さら二人きりがいいなんて若い娘みたいなこと言わないわよ。
それに、ホントにおいしいんだってば。行こうよ、行くの!!」
半ば強引に連れ出され、香子はしぶしぶと紗月に従った。
とはいえ、一人で食事をするよりは楽しいかもしれないと思う。
否。
一人で食事をするより、何倍も楽しいだろうと正直に思う。

ここのところ、一人になるのが耐えられず、週末になると実家に帰っていることはさすがに紗月には告げていない。
兄夫婦と同居とはいえ、玄関も住居スペースも独立している二世帯住宅は気兼ねの度合いも違う。
建て替えの時に実家に残っていた自分の荷物は処分するつもりだったが、それでは実家に帰りにくくなるだろうと、両親が自分たちのスペースに引き上げてくれていた。
それをいいことに、香子は最近、実家に帰ると自分の荷物が置かれている納戸にこもっている。
年末年始も両親とともに過ごした。
両親も兄夫婦も、ここ1年の香子の変化には気づいている。
気づいているが、そっとしておいてくれる。
今さら30も過ぎた娘にうるさく言ってもというあきらめの心境なのかもしれないが、それ以上に1年前の香子の憔悴ぶりに衝撃を受けたからだろうと、当の本人である香子は思う。

ありがたい。
その一言だった。
野木瑞人との5年間をどう説明すればいいのか、香子にもわからない。
一番わかりやすいのは「セックスフレンドだった」という説明だろうが、それでは家族の困惑、罵倒が目に見える。
下手すれば勘当ものだ。
それに、それでは香子が割り切れない。
けれど、愛した男性が亡くなったと告げたら、両親のほうが病んでしまいそうだ。




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