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夢吐(うそつ)き

夢吐 (うそつ)き 第二部-1

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事故現場は遠くからでもすぐにわかった。
想像以上の人が集まっていたからだった。
手に手に花束を抱え、ガードレール沿いに添えられている花束の上にさらに積み上げようと苦労している。
さすがに人通りの多い場所だけに火のついた線香を手向けることは遠慮しているようだが、あたりには独特の清々しい香りが漂っている。
広い交差点を行き交う人たちも、ここで起きた惨劇をよく知っているようだった。
中には信号待ちの時間に好奇心丸出しの視線を向けてくる人もいたが、すぐにその視線を恥じるように顔を背けて横断歩道を渡ってゆく。
首を垂れて祈ってくれる人もいた。
複雑なゲームのように交差しあう車列も、その交差点に入ってくると心なしかスピードを落としていると思うのは自分だけだろうか。
白薔薇を抱いていた香子は思う。

信号待ちの人間をなぎ倒したトラックがそのまま突っ込んだビルは、つい半年前までブルーシートに覆われていたが、今は工事中の看板が張られた囲いでガードされている。
半年後には瀟洒なビルに代るそうだ。

被害者と遺族有志、そして加害者の運送会社による慰霊祭は、午前中の早いうちに行われたと聞いた。
野木瑞人の家族は、地元で法要を行うからと参加を辞退したという。

香子も花を手向け両手を合わせる人たちの最後列に並んだ。
亡くなったのは3人だったが、その何十倍もの数の花束がささげられている。
中には紙一重で重傷を負い、何とか回復した人も、生々しい記憶を抱いたまま冥福を祈るために訪れたに違いない。
今、背中を香子に向けて両手を合わせたまま立ち上がれない篠宮恭祐のように。

彼が横断歩道の傍らに、うずくまるようにしてひざまずいてから十数分が経つ。
彼の後から花をささげる人は次々と現れたが、誰も彼を咎めようとはしなかった。
痛まし気な視線を向けるだけで、声をかける人もいなかったが。

それならば、自分が声をかけるしかないと、香子は思った。
いくらダウンコートを着ているとはいえ、ふきっさらしの道路は底冷えがする。
その上、こっちも両手いっぱいの花束を抱えたまま立ちっぱなしだ。

「恭祐君」
奇跡的に車の往来が途絶えた一瞬の裂け目に、そう声をかける。
ゆっくりと立ち上がった背中が振り返ると、寒さに白々と乾いた唇の左側がかすかに上がった。

「少し待っていて。温かいお茶でも飲もう」と言いながら、恭祐と場所を入れ変わる。
ガードレールを埋めた花束にそっと白薔薇を重ねると、香子も膝をついて両手を合わせた。
知らずに涙があふれてくる。
素直に泣けるようになった最近では、涙というものは枯れないものなのだなと冷静に思えるようにもなった。

香子の背後を守るように、恭祐も黙ってうつむいている。
ふらりと立ち上がると、その両肩を支えられて、香子はその力強さに我に返った。
頬を濡らす涙の冷たさに改めて震えた。

二人が向かい合ったのは、事故現場が真向いに見渡せる近くのカフェレストランだった。
歩道側の席も空いていたのだが、二人は店内の中央寄りの席を選んだ。
「どうせ遠いから見えないし」と香子は心の中で言い訳したが、恭祐も敢えて反対はしなかった。

「大丈夫?」
「秋沢さんこそ」
傷を舐め合うようにいたわり合ってから、苦笑しあう。

「今日、仕事は?」
「秋沢さんと同じ」

有給を取ったのか。
まぁ、会社側もよほど仕事が修羅場っていない限り、恭祐を休ませただろう。
彼らは午前中の慰霊祭に参列するはずだと、今もN&上条コンサルティングと付き合いのある山本紗月が昨日教えてくれた。
でも、この子は無理だっただろう。
一人で野木瑞人を悼み、想うだろう。
そう思いつつ、改めて目の前に座る年下の男をみつめた。

たった一行の手紙を送ったのは2カ月余り前。
彼の部屋でグラスを抱いて一晩過ごしたのは、そのひと月前。
3カ月会わない間に、さらに痩せたなと思う。

穏やかな目をした男の子だったが、痩せたせいか、やや険を帯びている。
以前は不思議なほど事故の影響は感じられなかったが、PTSDは事故からかなり時間が経ってから発症する例も多いと聞く。
あの部屋で瑞人との日々を反芻しながら生きているのだろうか?

「1年だね」
「もう?まだ?」
無邪気な口調で恭祐が聞き返してくる。
香子はカップの薄い縁に視線を落とした。
跡の残らない口紅なのに、そこに赤いシミを探しながら首を小さく振った。
「1年たった。ただそれだけ」

恭祐がうなずき返してくる。

「元気にしていた?」
「仕事、忙しいから。秋沢さんもでしょう?
紗月さん、山本さんが先日、引継ぎの挨拶に来てそう言っていた。
今年度も営業マンのSS賞を取りそうな勢いで成績を上げているって」
香子は肩をすくめた。

紗月は、営業レースからさりげなく退いた。
2カ月後にはバージンロードを歩くそうだ。
大学の同窓会に出て、そこで昔の恋人(大学時代に3年間も付き合っていたらしい)と再会し、やけぼっくいに火がついたとかなんとか。
あっという間に婚約し、先日、めでたく結婚直前の寿退社が了承された。
結婚後はすぐに妊活に入るために専業主婦になると、営業課のみんなの前で恥ずかしげもなく宣言していた。

「ごめんね。香子がこんな時に」と後ろめたそうに言われたが、「馬鹿言ってんじゃないのよ。私たち、そんな悠長なこと言っていられる年齢じゃないんだからね。さっさと結婚して、さっさとママになっちゃいなさい!」と、背中を叩いたら、逆に号泣されてしまった。

「山本さん、幸せそうですね」
「婚約中だよ?今、幸せじゃなかったらいつ幸せになるのよ」
「秋沢さんも寂しくなっちゃいますね、同期がいなくなっちゃったら」
「・・・野木の責任だよね。私が一人ぼっちになっちゃったのは。
彼が、私を、私たちを置いて一人でいっちゃったから」
「ですよね。瑞人、今頃一人で苦笑しているでしょうね。
そんなつもりはなかったんだから、許せよとかぼやきながら」
「許さないけどね、私は」

恭祐の唇が皮肉に上がる。少しだけの優しさをにじませて。
その笑みに、瑞人のそれが重なる。

一瞬、心が真っ白になる。
この1年がするりと零れ落ち、目の前にあの男がいた。

急に恭祐が体を引いたので、香子は我に返った。
無意識のうちに恭祐の唇に、否、瑞人の微笑に触れようと指を伸ばしていた。
狼狽しながら手を握りしめ、引っ込めようとしたその時、大きな手で手首をつかまれる。
恭祐がもう一度、唇の左端をゆったりと上げ、香子の手をそこに導いた。

先ほどまで寒さに震えていた指先が、じんとしびれてくる。
香子の視線は自分の指先しか見えない。
そこにある唇。
優雅にカーブを描く温もりだけ。

どれほどそうやっていたのか、そっと指を離すと、手首を支えてくれていた大きな手からも力が抜ける。
「瑞人は意地悪ですよね。時々、ふいに戻ってきて俺たちを翻弄する。
いつもそばにいてほしいのに、気まぐれなんだから」
「野木のご家族も・・・、おつらいでしょうね」
「お母さんが、まだ納骨したくないって言って仏壇に置いたままだそうです。
口うるさい親戚は早く納骨しろってうるさいそうですが・・・、というより、分家と言えども野木家のお墓に納骨するのを嫌がる親戚もいるらしいけれど、でも、お父さんもお兄さん夫婦も黙ってお母さんを見守っているそうです。
でも、この1周忌を済ませたら納骨するんじゃないかな」

漣さえ立たないような水面にも似た表情だと、香子は思う。
ぼんやりと彼の顔を見ていた香子は、はっとしてカップをソーサーに置いた。
「野木のご家族と連絡を取り合っているの?」
「当然じゃないですか。俺は瑞人に命を救われたんだし。
俺だけじゃなくてうちの両親、親父や祖父母も瑞人の家族には足を向けては寝られないって言って、何かと連絡していますよ。
四十九日には、まだ動けなかった俺の代わりに親父が参列させてもらったし、今回の1周忌も『身内だけで』って言われちゃったから、四国にはいかなかったけれど、親父たちがかなり包んだと思うよ」
「初めて聞いた」
「・・・あなたに言う必要、ありましたか?」

恭祐のどこか皮肉めいた口調に、香子は唇を引き結んだ。
彼はそ知らぬふりをする。

「本当は、ご両親は地元で葬儀を行いたかったらしいけれど、その・・・、いろいろな検証とかで瑞人の体の引き渡しが少し遅れて、それで葬儀はこちらで行われた。
あなたも参列したから知っていると思うけれど」
香子が不本意ながらうなずくのを確認して、恭祐はかすかに肩をすくめた。
その意味は分からない。

「上京されたご家族は、自分たちのことだけで精いっぱいの状況だってのに、葬儀の前と後に、わざわざ俺の見舞いに来てくださった。
でも、俺はまだ目が覚めていなかった。
うちの両親、今の両親と父親が謝罪と感謝のあまりに土下座せんばかりに応対したらしいけれど、ご両親もお兄さん夫婦も俺が助かったことを泣いて喜んでくれたらしい。
あの交差点、事故多発エリアだから、カメラがやたらついているんだよね」

事故のシーンは、四方八方から鮮明に映っていた。
居眠り運転のトラックの暴走は明らかで、瑞人が恭祐の背後から迫ってくるトラックに先に気づいて、恭祐を抱き寄せて体を反転させたのもあらゆる角度から撮影されていた。
事故直後で捜査中だったこともあり、その動画を見ることはかなわなかったが、遺族からの抗議でプリントアウトしたものは遺族に見せられた。
それで、瑞人が自らの意思で後輩をかばってトラックの前に身をさらし、ほかの数人とともに跳ね飛ばされたことを知った。
トラックは亡くなった3人以外にも信号待ちだった人間や歩道を歩いていた人をなぎ倒し、ビルに突っ込んでやっと止まった。

「まだ意識を取り戻さないものの、命に別状はないと知った瑞人のお母さんは、俺の顔をなでながら、『後輩だけは守りたいという息子の願いが叶って、本当によかった』って、号泣していたそうだ。
もちろん、退院して動けるようになってから両親とともに四国にも行った。
この1年で、出張も兼ねて3回、4回行ったかな」
香子は恭祐に鋭い視線を向けた。言わずもがなだと、恭祐は香子の顔を見返した。

「行きたいのなら、あなたも行けばいいんだ。
常識的に考えたら、四十九日がすんだら納骨すると思うよね。
なのに、あなたは一度も彼のお墓参りに行っていない」
「それは」
「そうだよね。あなたはお墓参りに行って、瑞人の家族に自分の立ち位置を説明できないから。
恋人だと断言したいけれど、そんなことしたら瑞人の家族が混乱してしまう。
何しろ、彼は年末年始やお盆だけじゃない、田植えのあるGWやシルバーウィーク、仕事の出張にかこつけての帰省もしていた。
呆れるほどマメに里帰りしてきたからね。
30も超えた独身の男が飛行機の距離を足しげく里帰りしていたなんて、それも跡取りでもない養子の次男が、だよ。
なのに、恋人の存在を家族に一言も告げていないなんて、ありえないよね。
その上、彼は見合いで地元の娘と結婚するつもりだったんだから」
「やめて」
「・・・お墓参りに行ってその理由を問われたら、あなたは誰もが納得するような理由を持っていなかった。
恋人だったなんて言えるはずなかったんだから」
「・・・」
「でも、もうすぐ彼のお骨も野木家のお墓に入る。
法事や命日に関係なければ誰も彼の墓の前にはいない。
恋人でもなく、同僚でもなく、ただ大学の同級生だという薄い縁しかないあなたが墓参りをしても誰も見咎めない。
お墓の場所なら教えてあげられる。飛行機なら1時間の距離だ。
もっともそこからレンタカーで1時間半、バスを乗り継いだら半日だ。
空港から県庁所在地へはシャトルバスで30分。
そこから瑞人のお墓がある海辺の町まで、2時間に一本しかないバスで1時間以上かかるからね」

「あなたがそんなに意地悪な子だったなんて思わなかった」
「なんとでもいえばいい」
「私にキスしたくせに」
「だから?」

久しぶりに会った彼が刺々しい理由はわからなかった。
瑞人の元部屋、現在は彼の部屋に連れていかれた夜は、あれほど優しかったのに。

けれど、今日は瑞人の命日。
篠宮恭祐が救われた日。
心が波立ち、ささくれた言葉が放たれても当然なのかもしれないと、同じ男を喪いながらその悲しみは遥かに隔てられている香子は思う。

洒落た伝票刺しから紙片を抜き、香子は立ち上がった。
「体に気を付けてね。野木のためにも」
ゆっくりと顔を上げた恭祐は、どこか投げやりに口角を上げた。
「あなたは早く誰かを愛して。瑞人のためにも」
「大きなお世話」

言い捨てて香子は背を向けた。
唇をかみ、けれど顔を上げて背筋を伸ばす。

ふいに涙がこぼれた。
哀しみなのか、怒りなのか、輪郭もあいまいな感情が形になって頬を零れ落ちてゆく。

「これを」
頭の上から声が落ちてくる。
振り返ると、目の前にICカードが差し出されていた。

「何?」
香子の涙から逸らすように、恭祐の視線が遠い窓の外に向けられた。
「・・・瑞人の部屋のカードキーです」
「あなたの部屋でしょう?」
恭祐は視線を合わせないままに首を振って、カードを香子に押し付けるようにして手渡すと先に背中を見せた。





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