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夢吐(うそつ)き

夢吐き&バカラ 11

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屈辱的なことなのに、香子の怒りは渦巻くものの噴き上がっては来ない。
虚しさもない。

怒りも虚しさも悲しみも、それはこの半年の間に出し切ってしまった。
泣いてわめいて、自分をいきなり放り出して逝ってしまった瑞人をののしり、そして、そんな自分をただ持て余した。

篠宮恭祐に絡むのは、瑞人をいつまでも身近に感じていたいから。
その相手が恋敵だという事実には目をつぶる。

否。
それも彼だったのだと、恭祐の話を聞くたびに思う。
ほとんど恭祐の身上調査のような話ばかりなのに、そこに瑞人の存在を強く感じてしまうのはなぜなのだろう?

「香子さん、秋沢さん、瑞人はあなたに嘘をついていたんじゃない」
「そうよね、嘘をついてなんかいない。ただ黙っていただけなんだわ。
自分が、いつも飄々としてどこかシニカルで、女の子にモテたいだけモテたくせに、私なんかの相手を5年間もしてくれただけなのよね」

「だから、違う」
「何が違うのよ。だいたい、なんでそんなこと私に秘密にするわけ?
私が『寝よう』なんて先に言っちゃったから、同情していたの?」
「へぇ、秋沢さんから先に誘ったんだ?」

香子は立ち止り、傍らの男を見上げた。
ふんわりと口角を上げ、茶目っ気たっぷりの余裕の表情をしている年下の男に、無性に絡みたくなる。

「ええ、そうよ。悪い?
大学卒業以来、初めて再会した野木はホントに魅力的な男になっていて、ううん、大学時代からすごく魅力的で蠱惑的で、私はずっと憧れていたのよ。
その男とカウンターで並んでお酒なんか飲んだら、理性なんか簡単に吹っ飛ぶわよ!
だから、誘ったのよ、『寝ない?』って。
彼はにっこり笑ってくれた。
その夜から、私は夢中だったの。5年間よ、5年間。
ただ寝るためだけに彼を呼び出して、お酒を飲んで、ホテルに行って。
ただ寝ただけの5年間だけれど、私は忘れられない。
今、どれだけ私が後悔してあなたを憎んでいるか、あなたになんかわからない!!」

刺さってくる視線が痛い。
そろそろ中年も見えている女が道路の真ん中で年下の男に向って「寝る」だの「寝た」だのを連発しているのだから、みっともないことこの上ないのだが、もうそんなことどうでもよかった。

「あなたはどうなのよ。あの野木と何回寝た?
本来なら好みじゃない私とでさえ、あんなに情熱的に振舞ってくれたんだから、あなたに対してはさぞやすごかったんでしょうね?
ねぇ、どうだったのよ!」

香子に責められても乾いた表情だった恭祐が、ふっと視線を外す。
その横顔にもっとむごい言葉を投げつけたくなる。
傷つくのは自分だと分かっていても。

「私、野木の部屋で野木のベッドで寝たこともある。
あなたももちろんあるわよね。
妙にきれいに片付いているあの部屋。
あなたと同じベッドで寝たなんて思ったら、反吐が出るわ」

彼が薄い笑みを浮かべた。
そこに皮肉を通り越した酷薄さが張り付いているのを、香子は見逃さなかった。
彼の声音には、揶揄する響きさえ込められている。

「大丈夫だよ、ベッドは同じでもシーツはちゃんと円城寺さんが取り換えてくれていた。
瑞人はそんなに無神経な男じゃない。
あなたが泊まった翌日に俺を抱くことはなかったし、俺を抱いた夜にあなたをあの部屋に泊めることはなかった。
それにね、あとから円城寺さんに聞いたけれど、あの部屋に入ったことがある女性はあなただけ。
男は俺だけだった。
瑞人は自分を軽い男に見せたがっていたけれど、実際は、あなただけしか愛したことなかった。
俺を抱くのは、キョウキだと言っていた。
気でも狂わないと男なんか抱けないってさ。
彼は、俺との時間はまともじゃないと思っていた」

香子は目を見張った。
恭祐があっさりと瑞人との関係を口にしたのだ。

余りに乾いた口調だったので、一瞬、香子の感情は理解するのを拒否した。
さんざん自分から煽っていたくせに、実際、恭祐が認めるとひどく傷つく。

「そんなに傷ついた顔、しないでよ。あなたが先に言い出したんだよ。
俺は認めたくなかったのに。
瑞人はあなたを愛していたのに、俺を抱いたなんて、はっきりと口にしたくなんかなかったよ」

香子は、ただ恭祐の顔を見上げていた。
「・・・野木は・・・」
「瑞人はあなたに嘘なんかついてない。あなたの前では普通の男でいたかっただけだ。
男を抱くような男だなんて知られたくなかっただけだ」

「バカ言わないでよ、今どき同性愛者なんて珍しくない。
LGBTの割合は、左利きやAB型の血液型保有者と同じくらいの割合だと言われているのよ。
あの聡明な野木が、そんな・・・」

哀れむよりは哀し気な恭祐の視線にぶつかって、香子は口を閉じた。
そしてぐっと引き結ぶ。

「マイノリティであることを認め、肯定することはそんなに簡単なことじゃない。
だから、瑞人にはあなたが必要だった。
あなただけが彼にとって、たった一人の女性だった」
「それは愛とは言わないわ」
「じゃぁ、なんというの?」
「・・・私を利用した。異性愛者だと世間を欺くために」
「冗談言わないでよ。あなた、本気でそれを言っている?あなたが一番瑞人を知っているくせに」
「彼が同性愛者、ゲイだってことに気づきもしなかった私が、一番彼を知っているというの?
あなたこそ冗談言わないでよ」
「そんなことが何?瑞人は、あなたといるときだけ夢を見ていられた。
自分が・・・、そう、世間で言うところのごく普通の男性だとね」
「夢じゃない。嘘だった」
「嘘じゃない。あなたを愛して、あなたに愛されて、幸せでいられた」
「だから、それは愛じゃないと言っているでしょう?欺瞞じゃないの」
「愛だよ、彼にはあなただけが必要だった」
香子は話にならないと手を振りながら、恭祐に背を向けた。
これ以上、侮辱される必要がどこにあるだろう。

「あなたは、恭祐の夢を聞いたことがある?」
背後から恭祐の声が追いかけてくる。
「だから、嘘だって・・・」
「違うよ、故郷に帰る話だよ。田舎に帰って村おこしだか、町おこしだかをするって話。
お兄さんや友人たちと一緒に、寂れる一方の故郷を再生するんだって話」

回れ右をするには、もう疲れ切っていた。
突っ立っていると、恭祐が前に回り込んでくる。
重たい頭を上げると、同じように疲れ切った表情をした恭祐が見下ろしていた。

「それも、嘘だったんじゃないの?」
嫌々ながら口を開く。
もうどうにでもしてくれという投げやりな口調で。

「ううん、彼は本気だった。オフはいつも全国を飛びまわっていた。
特産品で村おこしをしたり、住まいを安く提供して過疎地に若い夫婦を呼び込んだり、全国各地で様々な取り組みがされている。
もちろん、瑞人の会社が仕事としてそれを受けるケースもあったけれど、その時は率先して生き生きと仕事をしていたよ。
彼は様々なアイデアを次々と実践していった。
成功するときもあるし、なかなか成果が上がらないときもあった。
町おこしなんてものは、結果が出るには時間がかかるものだしね。
でも、瑞人はあきらめなかった。
あの事務所、今でこそ法人専門になっちゃったけれど、そのほうがもうかるからね、でも、瑞人は手弁当で地方を駆けずり回っていた。
いずれ自分の生まれ故郷に戻って、親孝行するために」

なんてアナログな男だったのかと改めて思う。
あの爽やかな容貌の内側には、どうしようもないほど昭和な男が住んでいたのだ。
長男夫婦がいるというのに、自分も田舎に帰って親孝行すると本気で思っていたなんて。

「でも、瑞人の生まれ故郷って、ホントはあそこじゃないんだよね」
「どういうこと?」
香子が怪訝そうに眉を上げた。

「四国にいるご両親は、瑞人の遠い親戚にあたるらしい。
それも、お母さん側の親戚だって話だった。
だから、お父さんとは全く血がつながっていないことになる。
本当の母親は未婚で瑞人を生んで、すぐにどこかに行ってしまったらしい、父親の名前も告げずに。
よくある話だけれどね。
それでしばらくは祖父母が育てていたらしいけれど、瑞人が8歳くらいの時に祖父が脳溢血か何かで倒れてしまって、祖母は自分の夫と孫の面倒を一人で見るのは無理だと親戚中に訴えた。
でも、父親もわからない、母親も以前から親戚中の眉をしかめさせるような存在だったらしいから、誰も手を上げなかった。
施設に送られる直前、大人の話を立ち聞きしていた瑞人のお兄さんが、両親に頼み込んだ。
弟がほしいってね。
本家の重鎮たちも分家の分家にならみなしごをくれてやっても支障ないだろう、相続の問題もさほど大きくないだろうと許してくれたらしいよ。
それで、瑞人は野木家の一員になったんだ」

「・・・そんな時代錯誤な話、信じたの?」
「信じなかったよ、もちろん。そしたら、瑞人は戸籍謄本を見せてくれた。
変な人だよね、ずっと持ち歩いているって言っていた。
実際、ファイルに挟んではあったけれど、端なんかめくれるくらい古くなっていたし。
残念ながら特別養子になるには年齢がいっていたから普通養子の手続きしかできなくて、戸籍にはその旨、ちゃんと書かれていた」
「私は・・・聞いていない」
「そんなに傷ついた顔しないでよ。
瑞人はあなたの前では完全無欠な男でいたかった。
自分の責任ではないとはいえ、出自もはっきりしない、親戚中の持て余しものだったなんて言えるはずないでしょう?」
「でも、あなたには話したのよね」
「話さないで済むなら話したくなかったと思うよ、瑞人は」
「でも、話した」

強情を張る子どものような表情で、香子は恭祐を見上げた。
ひどく傷ついているのは、その目に浮かぶ色でわかる。

恭祐はその目の強さに耐え切れず、視線を人群れに向けた。

「話さざるを得なかったんだと思う。俺の心を守るために」
「何の話よ!」

また香子の口調がきつくなる。
そろそろ限界だと自分でも思う。
残酷な事実が、やすりのように心を削ってゆく。

野木とこの男の関係がはっきりした時に、もう一度ほっぺたをひっぱたくか何かして去るべきだったのに。

「話が戻っちゃうけれど、もう一度、俺のおとうとの話、してもいいかな?」

好きにして。

意識が半分になって、香子は投げやりにつぶやいた。




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