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夢吐(うそつ)き

夢吐(うそつ)き&バカラ 8

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眼鏡をかけた自分の顔を見た途端、香子は氷のように顔色を失った。
倒れるのではないかと危惧したが、それでも彼女は耐えた。

瑞人の愛した女性(ひと)だ。

痩せたな、と思う。
瑞人の生前のことは知らないけれど、この二月ほどでもやつれたように思う。
自分だって人のことは言えないと分かっているけれど、大切な人を失ったという喪失感は容赦なく身を削ってゆく。

並んで歩きながら瑞人の話をせがむ彼女の横顔は青ざめたままだった。
いつ泣き出すのかと心配したけれど、でも彼女は気丈だった。
そう、いつものように。

瑞人が面白がっていた話って、なんだっけ?
瑞人を一緒に夜の街を歩いたのは出会ってから数カ月だけ。
回数にしたら多分、両手が余る。
あとは、昼間の光から逃れた薄闇の中で抱き合っただけだ。
時々、ランチを一緒にして、資料集めに付き合って。

事務所の人間は誰も気づいていないはずだった。
瑞人はいつもクールで飄々としていて、弟をかわいがるように俺をからかっては楽しんでいた。

ベッドの中ではあれほど情熱的だったというのに。


「何か話しなさいってば」
強気な言葉に現実に引き戻される。
「何を話せばいいのかわからない」
「じれったい子ね。だから、野木が面白がった話をしなさいって言っているの。
ご両親は何をしているの?」

思わず苦笑がもれた。
25の男に向って唐突に「ご両親の仕事」を聞いてくるなんて。
彼女自身、具体的に思いつかなかったのだろう。

「何がおかしいのよ」
「いえ・・・。母親は、ロイヤルコペンハーゲンの絵付けの講師、をしているかな。
ほとんど趣味の領域だけれどね。
父は、えっと、一応会社経営者」
香子が鼻を鳴らす。
「そんなお坊ちゃまが、劇団?」
「ああ・・・、先輩が学生劇団やっていて、それに参加していたんだ。
もっとも、ご多分に漏れずほとんど採算なんてとれないし、赤字たれ流しだったけれどね」

彼女の左端の口角が上がる。
侮蔑の笑い。
もっとも賢い彼女はすぐにそれを飲み込んだ。

「すごい人気だったじゃない。辞めたの後悔していないの?」
首を振る。

瑞人がいなくなった今、芝居に未練などない。
もともと大学に入学直後、見知らぬ男にキャンパス内で腕をつかまれ、「そこのイケメン、ちょっと耳を貸せ。いや、顔も体も貸せ!!通行人の数が足りない!ギャラは弁当!!頼むから芝居に出て!」と問答無用に懇願されたのが始まりだ。
あまりの強引さと、土下座せんばかりに哀れみを乞う目に巻けて、一緒にいたクラスメイトとともに、その1週間後の新入生歓迎公演に参加した。
新入生の自分が新歓行事に出るという矛盾には目をつぶった。

後から知ったのだが、彼はキャンパス内でありとあらゆる生徒に声をかけ、無理やり芝居に引きずり込むことで有名だったらしい。
それきりのはずだったのに、半年後の次の公演も、「すまん、『嫌です!』の一言を言うだけでいいから!」と両手を合わされた。
2カ月後、「HPにさ、お前のファンって女の子たちが書き込みしているんだよ。次はどんな役で出るんだろうなぁって」とささやかれ、力づくで稽古場に引っ張り込まれた。
演技をしているつもりなどなかった。
シナリオ作家兼演出家の先輩の言うまま、板(ステージ)の上に立っていただけだ。

大学を1年で辞め、受験勉強をしていた間はきっぱりと断っていたのだが、無事合格を果たした直後、どこからそれを聞きつけたのかまた電話がかかってきた。
「次の公演、見に来いよ」と。
なんと彼は大学を卒業できないまま、小劇団の活動にのめりこんでいたのだ。

当時付き合っていた前の大学時代からの恋人と公演を見に行き、その帰りに「次の公演、通行人でいいからさ」とそそのかされたとき、彼女のほうがノッてしまい、「私が出たい!!」と言い出した。
先輩がその軽口を聞き逃すはずがない。
その場で彼女の出演が決まり、結局、次公演では通行人のカップルの役が与えられた。
そして、いつの間にか劇団員の一人にカウントされ、チケットのノルマを背負わされていた。

実は、今もその彼女は同じ劇団にいる。
もっとも、今はその先輩の奥さんになっているが。

あの夜、瑞人と出会ったあの夜は、彼女が先輩と付き合っていると知らされた日だった。
その事実を耳打ちしてきたのがあの大男。
劇団の大道具係。
普通は役者も裏方を兼ねるのだが、あまりの大根ぶりに演出家が呆れ、裏方専門になったという曰く付きの男だった。

「チケットのノルマ、全部俺が売りさばいてやるからさ、一度飲もうぜ」と誘われ、断った。
チケットのノルマがまったく負担ではないことを、劇団員の誰も知らなかったのだ。
しかし、「彼女の噂、知っているか?」と思わせぶりに言われて、最近の冷たい態度に不信感をいだいてこともあって、気の進まないままに店に行った。
やたら馴れ馴れしく体に手を回してくるので適当にあしらっていたら、焦れたあまり「彼女と監督、デキてるぞ。だから、お前は俺とやろうぜ」と耳に息を吹き込まれた。

そしてあのテイタラクだ。

もっとも、それで瑞人と知り合ったのだから、感謝すべきなのかもしれない。


「そんな動機で劇団活動なんかできるわけ?」
「え、ああ。特に他にサークルもしていなかったし、重宝がられていたから、そのまま。
演じるのは特に嫌でもなかったし」
ふう~んと、香子が顔を見上げてくる。
「女の子もキャーキャー騒いでくれるしね。すごかったじゃない、最終日なんか。
泣いている子だって何人もいたし、モテモテだったでしょ。
女の子なんかとっかえひっかえで」
わざと露悪的な口調なのだと分かったので、彼女の横顔を見下ろす。
だからあえて「確かにね。それだけは惜しかったかもしれない」と言い返してみる。

ちらりと見上げてきた懐疑的な目が、彼女の本音を語ってしまう。

「スポンサーがいなくなったから、芝居を辞めたの?」
「言ったでしょ、就職したから。いつまでもファンタジーだけを追いかけてはいけない」
「でも、社長の御曹司なんでしょう?お父さんの会社に入社するとか、できたんじゃないの?
そうしたらもう少しピーターパンでいられたかもしれない」

思わず笑ってしまった。
子どもが後継者になる必要のない、あるいは継ぐほどの規模ではない会社がこの世の中にどれほどあるのか、優秀な営業マンである彼女が知らないはずはないだろうに。

「野木もあなたのステージ、見に行っていた?」
「来なかった。一度も」
「一度も?」
「うん。芝居をしている俺には興味はないって」
「・・・じゃぁ、興味があったのはあなた自身ってこと?」

皮肉が込められた声音に、彼女の本音が溢れている。

この人はなぜ自分に会いに来るのだろう。
愛した男が「かわいがっていた」年下の男。
うすうす、いや、もう確信を持っているだろう。
瑞人の話をせがめばせがむほど傷つくのは自分だと知っていて、それでも俺の中にいる瑞人が知りたいという哀しい欲望にせかされているのか。

「1回の公演で、野木にはどれくらい買い取らせていたの?」
「別に無理やり買い取らせていたわけじゃないけれど。でも、・・・10万くらい・・・かな」

苦笑交じりに正直に言えば、香子が目をむいたのがわかった。
でも、それ以上はなにも言わなかった。言葉を探しているのか、探せないのか。

10万か。
彼女の沈黙をありがたく思いながら、改めてその金額の多寡を考える。
高かったのか、安かったのか、俺の買い取り金額としては。

芝居を続けてきたのは、瑞人との契約を履行していただけだ。
芝居を続けている限り、瑞人は俺を捨てない。
ベッドの中から、あの温もりの中から追い出したりしない。

・・・そんなの言い訳だ。
あくまでもスポンサー契約なのだと自分に言い聞かせて、割り切っていた方がラクだったから。
いつか、あの腕が何のためらいもなく開かれて、飄々とした表情で、「ほら、好きなところに行ってもいいよ」と言われてしまうのが怖かったから。
瑞人は、言えたはずだから。
そんなこと簡単に言える男だったから。
正気と狂気の違いくらい、言葉以上に違うってことくらい知っている。


自分の想いに沈んでいて気付くのが遅れた。
足を止めて振り返れば、俺と香子の間を幾人もの他人が行き交っている。

香子は立ち止っていた。
立ち止まったまま、乾いた目でこちらを睨んでいる。

だから、俺が引き返した。
彼女が外そうとしない視線をかいくぐるようにして彼女の前に立つ。

「ねぇ、あなたは誤解している」
けれど、彼女は形のいい唇を引き結んだまま何も言わない。
暴れる感情を抑えつけるのにどれほどの努力をしているか察しろと、その震える唇が言っている。

「瑞人にとって、あなたは最初で最後の、たった一人の女性なんだ」
ゆっくりと、彼女の目が見開かれる。
何かを言おうとして、けれど言葉にならずにまた引く結ばれる。
「瑞人はあなた以外の女性を知らない。知るつもりもなかった。
あなただけが大切で、あなただけが現実だった」

香子が眉を上げた。
柳眉を逆立てるという表現がぴったりなほど。
けれど、罵倒の言葉を唇の中に封じ込め、こちらを睨みつけてくる。
あまりの迫力に思わず体が引けたが、我慢する。

「俺があなたの写真を見たいと言ったら、あのバーのカウンターの上に載っていたあなたの左手だけが写った写真を見せてくれた。
しなやかというよりはしっかりとした骨格の指だった。
薬指にあのルビーの指輪がきれいだった。
俺はそれを覚えていて、その写真の隅に写りこんでいたコースターのロゴをだけを頼りにあのバーを探し出した。
あなたを初めて見たとき、瑞人の苦悩に身がよじれるほどだった。
あなたを愛していたんだ」

「馬鹿にしているの?」
声が絞り出される。
瑞人が幾度もくちづけた唇と歯の間から。

みつめればみつめるほど、美しい女性だと思う。
決して華奢でもなくたおやかでもないけれど、けれど、綺麗だと思う。

幾度も考えた。幾度も数えてみた。
俺とこの女性と、瑞人はどちらに多くくちづけしたのだろうかと。
俺は3年間、この女性は5年間、どちらが多く瑞人に抱かれたのだろう?
どちらがより瑞人を喜ばせ、どちらがより瑞人を切なくさせたのだろう?

けれど、そんなの最初から分かっている。
バカラのグラスをこの女性に渡したのは自分だ。
手元に残るグラスは、アルクール風でしかない。

「違う・・・。瑞人はあなたと一緒にいたかった。
あなたと結婚して、あなたによく似た子どもを育てて・・・」

頬で痛みが炸裂した。
女性に殴られるのは初めてだったけれど、殴られたという事実よりもその痛みに驚いた。
殴った痛みを閉じ込めるようにその手を握りしめ、香子が冷たく告げた。

「私の前から消えて。私に刺される前に」





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