FC2ブログ

夢吐(うそつ)き

夢吐(うそつ)き&バカラ 7

 ←夢吐(うそつ)き&バカラ 6 →夢吐(うそつ)き&バカラ 8
不条理劇というのか、ストーリーがあるような無いような、結局3日間連続で見てもとうとう理解できなかった舞台も終了し、何回目かのアンコールになった。
観客の拍手が起こるたびに、舞台の両袖から出演者が出てきてつないだ手を高々と上げて喝采に応え、頭を下げる。
拍手がさらに大きくなると、出演者たちの列が中央で二つに分かれ、そこに上手から恭祐が走り出てくる。

汗がライトにきらめきながら、顔中を滑り落ちている。
メイクもほとんど流れ落ちているが、だからこそ素の端正さが表れ、ファンをさらにヒートアップさせている。
そんな悲鳴にも似た黄色い声を押えるように、両手を広げて客席を睥睨すると、右手を左胸に当てて深々と頭を下げた。
さらに高い声が狭い会場に渦巻く。

引退に際しての別れの挨拶は最初のアンコールの時に終わっている。
こうやって再々のアンコールに出てくるたびに、「ありがとうございました」「これからも『劇団アンタッチャブル』をよろしくお願いいたします」と、繰り返している。
そしてそのたびに、花束やぬいぐるみやギフトボックスを抱えた女性たちが舞台前に殺到する。
最初のアンコールの時にそのプレゼント攻勢は終わったと思っていたのに、アンコールのたびに花束が出現することには、驚きを通り越して唖然としてしまう。
いつ終わるとも知れない儀式に食傷気味になりつつ、思わず恭祐に同情する。
かなり疲れているだろうに。

「これを三日間も見たわけ?」
視線は舞台の恭祐に据えたまま、周囲の歓声にかき消されないよう隣の紗月が声を上げる。
「うん」
「で?内容は分かった?」
「とうとう分かんなかった。でも、あの子のファンがみんな情熱的で少々過激なのは分かった」
「同感。でも彼女たちの気持ちもわかる。かっこいいよ、あの子。
事務所で会うときは、イケメンだけれど少しシャイな子だなと思っていたけれど、なんのなんの、堂々としたもんじゃない。
結構大柄だから目立つし、長セリフもこなしているし、足が長いし、舞台映えする容姿だよね。
演技もまぁまぁなんじゃない?」

まぁまぁどころじゃない。
K-popのコンサートには足しげく通っているようだが、小劇団の芝居には全く興味はないと言い切った紗月を無理やり連れてきた最終日。
恭祐はほとんど出ずっぱりだったのだが、紗月が見惚れていたのは気配で分かった。
周囲の女性たちが涙を流して恭祐をみつめていたのには閉口したが。

やっと緞帳が完全に下り、場内の照明が明るくなったことで、拷問にも似たアンコールも終わったことが分かった。
周囲の女性たちが未練がましく舞台のほうをうかがいながら、出口へとぞろぞろ移動してゆく。

紗月もバッグを肩にかけ、香子に立つように促した。
「んで、夕飯はあなたの驕りよね?」
香子は肩をすくめると、しぶしぶ立ち上がった。
どうせ恭祐は出待ちのファンにもみくちゃにされるだろうし、そのあとには劇団の打ち上げなどもあるだろう。
もっともこれ以上、彼と何かを話す予定もない。

最終公演はマチネだったとはいえ、夏の日もそろそろ傾きかけている。
もっとも、劇場周辺にたむろするファンたちの熱気はすさまじく、口元を覆いたくなるほどの分厚い空気に、紗月が辟易したように足を速めた。

「ここ少し離れよう。この街はこじゃれているけれど、私たちの年齢には少しキツイわ」
紗月のうんざりしたような口調に同意しながら、さらに足を速めようとした時、「山本さん」という声が背後から追いかけてきた。
恭祐だった。

花束を抱えたまま背後にファンたちの恨めしそうな視線を背負いつつ、こっちにかけてくる。
二人の前に立つと、舞台上で見せた手本にしたいようなお辞儀をした。
もっとも2対8で紗月に向って、だが。
「来てくださったんですね。ありがとうございました。
上条さんが、山本さんもチケットを購入してくださったと言っていたけれど、本当に来てくださるとは思わなかった」
「え、あはは、まぁね。かっこよかったよ、篠宮君、これで引退するなんてもったいないよ、うん」

顔を赤らめながら脈絡もない言葉を連ねる紗月の横で、香子は黙って彼の顔をみつめた。
この3日間でかなり痩せたように思う。
それほど舞台というものが体力を消耗するものだとは思わなかった。

紗月が一通りしゃべり終えると、恭祐はまた「ありがとうございました」とぺこりと頭を下げ、身を翻してファンの群れに取り込まれていった。
「なんともまぁ」
それ以上の言葉が見つからないのか、一つ息を吐いて頬から赤みを引かせると、「行こか」と駅へと歩き出した。
背後で彼がもみくちゃになっているのは気配でわかる。

「あの子、香子を見なかったね」
「うん」
でも舞台の上からは見ていたに違いない。
今日は、N&上条コンサルティングの上条が手を回してくれたおかげで、役者の汗が飛んできそうなほど舞台に近い席だった。
最前列は逆に見にくいそうだからという言葉とともに渡されたチケットは、前から3列目。
もっとも、だからこそ後ろから襲い掛かってくるようなファンの嬌声に恐怖さえ覚えたほどだ。

昨日は立見席だった。
3日間通い詰めたファンは多かったはずだが、その中でも自分が異質だったのは自覚している。
「香子、あまりあの子に執着したらダメだよ」
ふいにかけられた言葉に、思わず紗月の顔を見る。

「野木さんがあの子をかわいがっていたのは確かだよ。それは事務所のみんなが認めている。
でも、あの子は野木さんじゃない。
野木さんの代わりにはなれないし、野木さんの代わりにもならない」
「わかってるよ」
「そぉ?・・・野木さんが亡くなってまだ7カ月ちょっと・・・。
横でいると、危なっかしくて痛々しくて・・・。
私じゃどうしてもあげられないのは事実だし、私にできることは、一緒にお酒飲むくらいだけってことも・・・」
「さんきゅ。でも、大丈夫だよ。ただ、まだ自分の中にいる野木とまっすぐに向き合えないのよ。
そんなことしたら、気が狂いそうになる。
でも、あの子の話す野木なら、あの子というフィルターを通しての野木なら、なんていうか・・・、少しだけ冷静に野木を想うことができる」

痛まし気な紗月の視線にぶつかり、香子は目にかかる髪の毛をかき上げながら目をそらした。
少しだけ本音を言い過ぎた。
慌てて取り繕うように言葉を繋ぐ。
「何よりあの子のことが心配なのよ。今日も痩せたなぁって・・・」
紗月がまじまじと顔を覗き込んでくる。
それから、一つ、納得しきれないとでもいうように息を吐いた。
「馬鹿よねぇ、香子。姉か母親にでもなったつもり?
でも、野木さんも喜んでいると思うよ」
それ以上何も言わなかった。




N&上条コンサルティングの入ったビルは、幾度か(寝るために)訪れた瑞人のマンションから徒歩5分ほどのところにあった。
紗月にも聞いて、サイトのストリートビューでも確認してきたが、これほど近いところにあるとは思わなかった。
瑞人と5年も寝てきて、時には彼のマンションも訪れたというのに、何も知らなかったのだと改めて思う。

雑居ビルだが、エレベーターホール前のプレートを眺めれば、企画会社やコンサルティングなど業種の似た法人が多く名前を連ねている。
N&上条コンサルティングという社名の「N」というのは、もちろん野木のNだ。
もともと上条は独立間近だったのだが、野木がいきなり亡くなったことで事務所を引き継いだ。
その時、以前の「野木オフィス」という社名を引き継ぐこともできず、かといって野木の名前は捨てられないとのスタッフ一同の意向で「N&上条コンサルティング」とネーミングしたのだという。

香子はこの事務所を訪れたことはなかった。
その手の仕事はいくらでも請け負ってきたが、なぜだか面映ゆくてほかの会社を使ってきた。
紗月に紹介したのは、かなり例外だったと言っていい。

そのビルの前で待つ。
香子の仕事は定刻に終わるものではないし、就業時間だけを問えばほとんどブラック企業だった。
だから、ここに立つのはいつも午後9時を過ぎていたし、香子自身、30分だけと決めていた。

今回で3回目。
街路樹の下、ぼんやりと行き交う人を眺めながらの30分。
道を急ぐ人は誰も気には留めないし、香子自身、期待しているわけでもない。

その夜もスマートフォンの時刻を確認して視線を上げたとき、目の前の自動ドアが開いた。
ガラスの向こうから眼鏡をかけた背の高い男がうつむき加減に出てくる。
その男と視線が絡んだ時、お互いの口の形が「あ」になった。

恭祐はまるで恥じるように顔を背けると、素早い動作で眼鏡をはずして胸ポケットに入れた。
それから、改めて香子を見た。

あの舞台の最終日から半月経っている。
少しは疲労も回復したかと思っていたが、まだ目元に疲れが滲んでいる。

「眼鏡、かけていたんだ」
歩み寄りながら言うと、恭祐はいたずらを見つかった子どものように首を振った。
「野木の真似?」
「ああ、いえ・・・、急に視力が落ちて。医者には事故の後遺症だろうって言われたので」
「大丈夫なの?」
「頭を打ったから、一時的なものだろうって。でも、見えにくいと不便だから。特に夜は」
「かけなさいよ、眼鏡。そのほうが、私もいいかな」
恭祐は少しの間だけ逡巡したが、やがて眼鏡を取り出した。

目の前に野木瑞人が現れる。

突然、激流のような哀しみに押しつぶされそうになって、香子はぎゅっと目を閉じた。
この怒涛に飲み込まれてしまうと、前のように人目もはばからず泣いてしまう。
この男の前で。
社名の変わった会社を目の前にしてもなお、まだ実感もないというのに。

「よく似合うじゃない」
何とか目を開き、声を絞り出すように茶化すと、恭祐も面映ゆげに頬を歪めた。
「牧野さん、会社のマネージャーなんですが、牧野さんにも泣かれちゃいました。
出会ったころの瑞人にそっくりだって」
香子は同意もできずに息をのんだ。
「瑞人が俺をバイトで雇おうとした時、反対する牧野さんに『亡くなった弟に似ているから』なんて戯言を言い訳にしたんですよね。
牧野さん、すっかり騙されちゃって。
最近のみんなの反応を見ると、ホントに似ているんだなって、自分でも思う」
「あなた、私にも『弟』って言ったわよね」

恭祐は肩をすくめると、どこに行くとも言わずに歩きだした。
お互いの都合も聞かない。
けれど、香子もすぐに歩調を合わせた。
夏のねっとりとした空気と自棄じみたほど陽気な人いきれが、薄着の二人に絡みついてくる。

「遅くまで仕事なのね」
「今日はまだ早い方。昨日は終電ぎりぎりだったから、今日は早く帰れって上条さんが」
「野木とも、この街をこうやって歩いたの?」
奇襲攻撃のように変わった話題に、恭祐は刹那、息をつめた。

「ああ、・・・うん、最初のころはね。でも、バイトを始めてからはあんまり、かな。
時々、ランチを一緒にしたり・・・、その・・・、資料探しに付き合って本屋巡りとか、ね。
夜は・・・いつも仕事や接待や、それに、あなたのために空けたかったみたいだから」
喉の奥が詰まったが、香子はさりげなく言葉を繋いだ。
「でも、一緒に歩いたんでしょ?何を話したの?」
「なにって・・・、他愛ないことばかり」
「劇団のこととか?」
「まぁ・・・」
「はっきりしないわね。何を話したのよ」

有無を言わせないような香子の声音に、恭祐の足が止まる。
一緒に足を止めた香子をまじまじと見降ろしてくる。
眼鏡の奥の目が、怪訝さと痛ましさがまじりあった色を浮かべている。
けれど、その視線はふいと外され、緩やかな歩調が戻ってくる。

「瑞人は・・・、最初は俺のことばっかり聞きたがった。
まぁ、出会いが出会いだからね、その上、22歳でまだ大学2年生だったから、面白がっていたのかもしれない」
「じゃぁ、その話をして。野木が面白がったっていう話」

頭の上から苦笑にも似た吐息が落ちてきた。
でも、香子は自分たちの周囲を流れてゆく人群れだけを意識した。

夏の宵は長い。
そして街はいつまでも眠らない。





もくじ  3kaku_s_L.png 日記
もくじ  3kaku_s_L.png ライナーノーツ
総もくじ  3kaku_s_L.png 1月の花
もくじ  3kaku_s_L.png 2月の花
もくじ  3kaku_s_L.png 3月の花
もくじ  3kaku_s_L.png 4月の花
総もくじ  3kaku_s_L.png 5月の花
総もくじ  3kaku_s_L.png 6月の花
総もくじ  3kaku_s_L.png 7月の花
総もくじ  3kaku_s_L.png 9月の花
総もくじ  3kaku_s_L.png 10月の花
総もくじ  3kaku_s_L.png 11月の花
総もくじ  3kaku_s_L.png 12月の花
もくじ  3kaku_s_L.png 残り香(完結)
もくじ  3kaku_s_L.png 愛を刻む夜に
もくじ  3kaku_s_L.png 半夏生(完結)
総もくじ  3kaku_s_L.png 不埒な双子シリーズ
総もくじ  3kaku_s_L.png 街角シリーズ
総もくじ  3kaku_s_L.png リュウ&コウシリーズ(BL・完結)
総もくじ  3kaku_s_L.png 「鳥」シリーズ
総もくじ  3kaku_s_L.png 天使シリーズ
もくじ  3kaku_s_L.png 揺籃歌(完結)
総もくじ  3kaku_s_L.png 覇王の丘(完結)
総もくじ  3kaku_s_L.png 二次創作(四月の雪)
総もくじ  3kaku_s_L.png 二次創作(冬のソナタ)
もくじ  3kaku_s_L.png 未分類
【夢吐(うそつ)き&バカラ 6】へ  【夢吐(うそつ)き&バカラ 8】へ
  • Tag List 
  •  * |

~ Comment ~

管理者のみ表示。 | 非公開コメン卜投稿可能です。

~ Trackback ~

卜ラックバックURL


この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)

  • 【夢吐(うそつ)き&バカラ 6】へ
  • 【夢吐(うそつ)き&バカラ 8】へ