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夢吐(うそつ)き

バカラ 2

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「恭祐君、遅い!!」

駆け足で事務所に飛び込むと、一番奥のデスクから鋭い声がかかる。
コンサルティング事務所を実質的に切り盛りしているマネージャーの牧野さんだった。

「所長は?」
自分にあてがわれたデスクにショルダーバッグを落としながら聞くと、牧野さんの頭がくいっと右に傾く。
その先には、スタッフルームに向いた二面の壁が、上半分が透明ガラス、下半分がすりガラスになった小さな部屋があった。
すりガラスの上から頭の先が三つ、不規則に動いているのが確認できる。
本当は牧野さんに聞く前から、午後のスケジュールくらい知っていた。
何しろ、1週間前にその仕事の電話を受けたのは自分なのだから。

「もう仕事に入っているわよ。誰かと違って、うちの所長は勤勉だから」と、牧野さんが真顔で言う。
「俺だって勤勉だよ?」
唇を尖らせると、彼女は肩をすくめて否定する。

「所長に頼まれたから、大目に見ているのよ。午後1時から勤務なら、少なくとも5分前には来なさい。
亡くなった弟によく似ているからなんて戯言、最初にころった騙されちゃったから今さらどうしようもないけれど、でも、あまり所長の顔をつぶさないようにね」

いつものお小言を神妙な顔で聞きながら椅子に座る。
他の二人のスタッフは自分たちの仕事に集中しているふりをして、俺たちのやり取りに耳を澄ましている。
その肩がかすかに揺れているのは、毎回同じ繰り言を飽きずに言い続ける牧野さんと、それをまじめな顔で受け流す俺がおかしいからだ。

「とにかく早く仕事仕事。恭祐君、あなたのアドレスに資料のリスト送ってある。
ネットで探して、なかったら関係者にあたって。今日中に全部揃えておいて」
牧野さんの指示を受けながらパソコンを立ち上げる。
隣に座る上条さんが「なに、今日は大学だっけ?」と、小声で話しかけてきた。

ううんと首を振り、「次回公演のハコ押さえに行ったの。俺たち程度じゃ、先着順の申込日に並ばないとだめだから」。
「大変だねぇ」と同情めいた言葉のわりには、いい加減、ロクでもない夢ばかり追いかけるのは止めてまじめに就職しろよという響きのほうが強い。

言われなくてもわかっている。
実際、いつでも劇団なんか、芝居なんかやめたってかまわないのだから。

でも、止められない。

俺が返事をしなかったので、上条さんも黙る。
視線はディスプレイに向けたままだから、それで終わりなんだろうと思っていたら、まだ話したりなかったようで、「牧野さんも執念深いよね。まだ、あんなこと言っているんだから」と、続ける。
あんなことというのは、さっき、牧野さんも言っていた嘘のことだ。
ここに来た初日に、「幼い時に亡くなった弟に似ているものだから、つい声をかけてしまった。バイトを探しているというから、しばらく頼む」と所長が言ったものだから、所長より少しだけ年上でなおかつシングルマザーの牧野さんは、「まぁ」と言ったきり、しばらく絶句していた。

もっとも、3日後には、所長は二人兄弟の次男坊で弟なんか最初からいなかったということを自らバラし、牧野さんにひどく怒られていたけれど。

以来、3年。
俺は、事務所の仕事量に応じてバイトに入っている。
よく言えばフレキシブル、上条さんに言わせると「所長が都合よくこき使う雑用係」状態で、多忙な時は週に5日フルタイム、ヒマな時は週に一度も顔を出さないってこともままある。

連絡は牧野さんから入るのだが、3年たっても牧野さんの刺々しさは変わらない。
最初に、薄っぺらい与太話に絶句するほどに感動した自分が忌々しいし、からかった所長も不愉快だし、すぐに否定しなかった俺に対しても腹を立てているようだ。
所長の実力を認めているものの、全く必要のないバイトをねじ込んできた彼の気まぐれに憤慨したままだ。

もっとも、所長はこの実務能力に長けている女性を尊敬しているし、頼りにしている。
以前勤めていたコンサルティング会社の先輩だとかで、独立するときにそこの社長に無理を言って引き抜いてきたらしい。
時々、他愛のない嘘やジョークでからかっては生真面目な彼女を怒らせることを愉しんでいる。
それをほかのスタッフも笑いながら見守っていることに、さすがの俺も気が付いている。

「いい加減、所長のジョークを受け流せばいいのにって思うけどなぁ」
「でも、牧野さんの一番柔らかいところに付け込むってこと分かっていて嘘をついたのは所長だし。俺もその場で否定しなかったから」

上条さんが肩をすくめ、自分の手元に視線を戻したのを確認して、自分も画面に行儀よく並ぶリストを一瞥する。
すぐに手配できそうなものと手ごわそうなものを頭の中で整理しながら、もう一度、ミーティングルームのほうをうかがう。
頭の先が上下しているのは、3人が話し込んでいるからだろう。
少しだけ地肌が見える頭は、多分、電話をかけてきた人。
隣り合った茶髪は、今後担当することになる若手だろう。
向こう側のソファに座って、あまり頭を上下していないのが、つい30分前まで俺を抱き狂っていた人間だ。

野木瑞人。

今頃は澄ました顔をして相手の質問にクールに答えているんだろう。

最初、彼の切り替えのあまりの速さに二重人格を疑ったほどだ。
でも、今ならわかる。
瑞人は二重どころか幾重にも重なる自分を持っている。
時々、その重く重なり合う自らの間を狂ったように駆け抜ける。
その時、俺が必要なんだろう、多分。

「恭祐君?」
「あ、はい」

我に返って牧野さんを仰ぐと、彼女はたちまちそのきれいに整った顔をしかめた。
形の良い小鼻がひくひく動く。
「ランチの時にワインでも飲んだの?」
「え?」
「お酒の匂い。・・・それに、いい匂いがする。ボディソープ?」

思わず口を押えると、牧野さんは眉をひそめたまま呆れたように首を振った。
彼女が何を想像したかは自明だ。
俺の周囲で聞き耳を立てていた他のスタッフも、そっと顔を見合わせている。

瑞人もボディソープの香りをさせていたんじゃないかとひやりとする。
もっとも、彼のバスルームにはボディソープがいくつか並んでいる。
周囲へのバリア。
昼間っから抱き合ったあげく、同じ匂いをまき散らすような愚行に陥らないためのささやかな対策だった。
瑞人はそんなところはひどく神経質だった。

最近ではマスコミにもちょこちょこ取り上げられる男が、7つ年下の男をかわいがっている(いたぶっている?)なんてばれたら大変だ。

多分、ここの若いスタッフは苦笑いで認めるしかないだろうけれど、牧野さんは無理だろう。
何しろ、幼い男の子の母親なんだもの。
理性も感情も受け入れがたいはず。

だから、瑞人は徹底的に隠す。
だから、俺もそれに従う。

牧野さんは、首を振り振りモニターを指さした。
「言い忘れていたけれど、このデータは早急に欲しいそうよ。今週末の出張で使うんですって」
「また出張?」
「半分プライベートね。依頼もされていないのに、地方の町おこしに首を突っ込みに行くんだから。
彼の気まぐれに振り回されているのは、私たちだけじゃないってこと」

皮肉っぽく、でもそれ以上に頼もしく思っているのが見え見えの口調で言って、牧野さんは自席に戻っていった。
その前にちらりとミーティングルームに目をやり、ついでに壁の時計にも目をむける。

まるでタイミングを計ったように、すりガラスの向こうで影が大きく動き、上半分の透明ガラスの中に3人の男が立ち上がった。
牧野さんが慌てて駆け寄りドアを開くと、クライアントの男性が先に出てくる。
机の間を俺たちにも愛想よく頭を下げながら出口に向かった。

瑞人も牧野さんと一緒にドアのところまで見送り、それからおもむろに振り返って、眼鏡の奥の目を細めた。
そして、ひとこと。

「恭祐、遅いぞ」

アンタのせいだろ!





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