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「12月の花」
8日 寒椿

シシガシラの守る道(後編)

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12月に入った。
今年の冬は暖かいというけれど、やはり冬は冬。
稽古場から帰る夜道は風が厳しい。

それでも、香也子は駅まで20分の距離が楽しみになった。

シシガシラが見守ってくれる道。

山茶花なのか、寒椿なのか、やはり香也子には区別はつかないが、それは構わない。
桐野が「シシガシラ」だと言ったのだから、みんなシシガシラなのだ。

その夜は仕事で残業があったので、いつもより遅い道を香也子は走っていた。
香也子の勤務するメーカーも年末スケジュールで動いている。
総務の事務OLとはいえ、処理すべき仕事は多かった。

白い息を吐きながら小走りに急ぐ香也子の横を、自転車が通り過ぎた。
そして、少し先で急ブレーキ。

「持ちます」

やはり、暗い夜道で聞くと少しばかりおののいてしまう自分を、香也子は恥じる。
桐野が、こちらを振り返りながら手を差し出してくる。
香也子は遠慮せずに彼の申し出に甘えることにした。

通勤用のショルダーバッグのほかに、香也子は大きなトートバッグを抱えていた。
中身が布なので見た目よりも重い。
今夜、衣装のリメイクに使うつもりで自宅から持ってきたものだった。
朝の満員電車にも持ち込んだので周囲の人には迷惑顔をされたが、致し方ないと開き直った。
しかし、さすがに残業疲れの身には少々重い。

桐野は香也子が素直に差し出したトートバッグを前かごに入れると、自分も自転車のサドルから下りた。
どうやら自分と一緒に歩くつもりだと分かって、香也子の胸が急に高鳴った。
桐野に聞こえてしまうかもと恐れ、香也子は思わず一歩後ずさりしてしまった。
桐野はそれに気づかなかったのか、大きな背中を見せて歩き出す。

香也子は胸を手で抑えると、すぐに彼に追いついた。
なんとなく連れ立って歩くのが照れくさくて、口を開いてしまう。

「シシガシラ、満開ですね。ここを通るたびに思うんですよ、こんなにたくさんのお獅子に見守られていたら、痴漢なんか逃げちゃうな、夜道も怖くないなって」
桐野が振り返って香也子を見下ろす。
ほんの刹那、目を見張ったが、やがて、眼鏡の奥の目尻が柔和に下がる。
「おかしいですか?」
「いや・・・、でもこの間はこんな可憐な花がシシガシラって言われるなんてって、ちょっと心外そうだったけれど」
「それはそうですけれど・・・。でも、なんだか、シシガシラって名前もかわいいなって。
寒椿という名前のほうが凛としていて、冬の寒さに耐えるぞってイメージだけれど、この愛らしさを思えばシシガシラというちょっとひょうきんな名前もいいなって。
やっぱり関西の人の感覚は違うなって」

慌てて弁解すれば、また桐野がうなる(いや、笑っているんだけれど)。
「でもほんとに満開ですね。なんだかうれしくなるほど。
こんな寒いのに健気ですよね、この花」

香也子の言葉を、桐野はしばらくかみしめているようだった。
薄闇に浮かぶ花の道は、想いを深めるにもふさわしいとでもいうように。

やがて、彼が白い息と一緒に口を開く。
「この花は長く楽しめます。一つ散ってもすぐにその次が咲く。
冬の間、延々と咲き続ける。母が、いつもそういっていました」
「お母様…、そうか、お母様が関西の人なんですね」

言った後、香也子は、はて・・・と内心首をかしげた。
桐野のプロフィールの実家の欄には、確か全国展開する音楽教室の北関東の名が書かれてあったはずだが。
疑問を口にするのははばかられたが、桐野は表情から読み取ったのだろう。

「・・・俺の才能に目を止めた音大の先生に勧められて、その恩師の後輩夫婦の養子になったんです、小学生の時。
これから先、音楽の世界で生きてゆくなら、そのほうがいいと言われて」
「はぁ」
「俺のほんとの母は、日陰の人でしたから」

あっと、香也子は息をのんだ。
冷たい空気が喉に痛い。

「この花は、寒い冬に耐えるだけでなく、日陰でも可憐に健気に花を咲かせる。
だから花言葉は『謙譲』なんだって、母が笑っていました。
排気ガスにも耐えるから街路樹にもよく利用される。強い花です。
俺は幼い頃、この花に囲まれた家で育ちました。
母は、小さな庭にとめどなく花を咲かせては楽しんでいましたが、冬は花が少ないとよくこぼしていた。
だから、真冬に咲くこのシシガシラを好んでいた。
色の少ない冬もこの花が華やかに飾ってくれると」
「なぜ・・・、そんな大切な思い出を話してくださるんですか」

また桐野が喉の奥でうなる。
「井上さん、が、母と同じことを言ったから」
「え?」
「俺が物心ついた時から、俺は母と二人暮らしでした。
母は関西と言っても日本海側の出身で、音大に進学するために地元を離れていた。
卒業後も実家に戻らず、関西の小さな町でピアノ教室を開いていました。
母の恩師という人が俺の父親だと知ったのは、養子の話が持ち込まれてからです。
でも、父はこっちで家庭を持っていたから、俺と母の暮らす関西の家を訪れることはなかった。
時々、出張レッスンだといって、俺のピアノと声を聴いてくれただけ。
反対を押し切って俺を産んだことで実の両親とも疎遠になっていたし、母は本当に孤独だったと思います。
夏や春はまだいい。季節の持つ華やぎが気を紛らせてくれる。
けれど、秋や冬は寂しさを募らせる。
子ども心にも、その寂しさ、わびしさはしみじみと理解できるんですね。
俺が心細そうな顔をすると、母はいつもこういって慰めてくれた。
『なぁに心細い顔しとるん。ぎょうさんのシシガシラが見守ってくれはるやないの。
お母さんは、な~んも寂しないわ』って」

いつもは苦しげに聞こえる彼の声がどこか哀切を帯びていた。
テレビではひょうきんに聞こえる関西弁のアクセントも、まるで違う言葉のように余韻を引く。

そうか、と思う。

声はただ言葉を形作るものではない。
気持ちや想いを伝えるものなのだと。

そうだった。
この人の声は、本当に情感が豊かだった。
顔の表情は笑っていても、声が哭き、声が悲嘆にくれていた。
哀しみにうつむいていても、歓喜の声は劇場を揺るがせていたではないか。

多分、この人は、自分の声を聞くたびに自分の絶望の深さを思い知っているのかもしれない。
自分の声を聞く人の表情を見て、そこに絶望の形を見るのかもしれない。

けれど、それでも、この声にも想いはこもる。

産みの母への哀切な愛を、香也子は確かに感じたのだから。

「お母様には、連絡なさっているんですか」
「いえ・・・」
「その、今のご両親に遠慮されて?」
「ああ、いえ、・・・両親とは事故の後、恩師に、実の父に中に入ってもらって、養子縁組を解消してもらいました。
本当によくしてもらって、きめ細やかな指導もしてもらった。期待もしてくれました。
でも、今の俺では期待に応えようがない」

応じようがない。
香也子は口を閉じた。
これ以上、この人に辛い告白を続けさせたくはない。

桐野は「事件」とは言わなかった。
「事故」といった。
スキャンダルの結果が今の自分ではないと。

シシガシラの道は続く。
師走の空には丸みが足りない月がぽかりと浮いている。
そのほのかな光を受けて、シシガシラは夜道を照らしている。

静かな住宅街に、二人の白い息が消える。

「・・・母には会っていません、会いに来てくれたけれど、俺は拒絶した。
声を、この声を聴いてはほしくなかった」

それきり、彼は何も言わなかった。ただ前を向いて歩き続ける。
香也子もただ歩き続けた。


休憩に入ったのか、また優奈がベンチの隣にドスンと腰を下ろす。

香也子は優奈にかまわず、手元の衣装をチクチク縫っていた。
ミシンで走れるところは時間短縮のためにもなるべくミシンを使うが、細かい部分はどうしても手縫いになる。
膝の上に衣装を置き、香也子は手を動かしていた。
そのスピードが、優奈には人間業には思えないようだ。
やがて、布をひっくり返して玉結びをして終了。

「それ、私の衣装よね」
優奈同様、香也子の傍らで作業を見守っていた中年の女性がのぞき込んできた。
「はい、そうです、てまりさん、禿(かむろ)の衣装です」
彼女は嬉し気に香也子から受け取ると、役者仲間のところへ飛んでゆき、「見て見て」と体に当てながら見せびらかしている。

そのはしゃぐ姿を眺めつつ、「カヤコって、ほんとに上手だね」と、優奈がため息のように言った。
「なんで被服科行かなかったの。あ、大道具や小道具もできるんだよね。ホント器用な子。
これで料理までうまかったら、アンタほんとに嫌味なほど家庭向き」
香也子は優奈のボヤキを笑っていなしつつ、次の衣装を段ボールの中から取り出すと、また膝の上にのっけて針に糸を通した。

「念のために言っておくけれど、料理も得意だから」
「・・・なのに、離婚したんだよね?」

まったく。

「お陰様で」
「なんで離婚したの?」
「言わなかったっけ?」
「聞いてない」
「そ、だっけ?」
「そ。だんな、どんな人だったの?」

香也子は手元の針の動きを目で追いつつ、口元をキュッと引き締めた。
「・・・同じサークルの一つ上、男らしくて、イケメンで、俺について来いってタイプ」
「うわ、うさんくさ」
「大学卒業して地元の市役所に就職したの。だから、1年間は中距離恋愛」
「中距離?」
「電車で約2時間の距離だったのよ。隣の県だったから、週末はデートできた。
1年遅れて私も住宅設備メーカーに総合職で就職したの。結婚は2年後。
両親は反対したけれどね」
「なんで?」
「電車で2時間とはいえ、完全な地方都市。彼は一人っ子、地元で就職。
うちの両親も地方都市出身で、自分たちがいかに保守的なのか自覚している。
となると、相手の親の頑迷さは想像がつく。
でも、私はそんなの笑い飛ばして、彼の地元に転勤願い出して結婚しちゃった。
お母さんたちだって昭和生まれとはいえ、今は平成なんだよ。時代錯誤もいいとこって」
「ふむふむ」

優奈の合いの手に苦笑しつつ、香也子は針の動きに当時を思い出す。
学生時代に彼が一人暮らしをしていたマンションで何回かは手料理をふるまったが、彼が地元で就職してからはお互い実家住まい。
生活を共にする同棲の経験はないままに結婚した。
彼の実家のそばにマンションを借りて、2年くらいは共働きしてお金を貯め、子どもを産もうと約束していた。

ところが、結婚して一緒に暮らし始めた香也子には驚愕の連続だった。
彼は家事を一切手伝おうとはしなかった。
昭和生まれの香也子の両親でも、父親は母親に言われるままとはいえ家事を手伝っていたし、母や香也子のいない日は、不器用ながらも食事の支度や風呂掃除だって請け負ってくれた。
そのくらいなら彼も快く手伝ってくれるものと思っていた。
家事を折半しようなんて思ってはいなかった。
その程度には香也子も保守的だった。けれど、その控えめな申し出さえ、拒否された。
住宅設備メーカーの営業職の香也子は、たびたび帰宅が遅くなった。
休日出勤もあった。
夫は6時には家に着く。
けれど、洗濯物を取り入れることも、風呂掃除も何一つしようとはしなかった。
幾度も「手伝って」と頼んだが、「それは女の仕事」と言いきって、着替えることもないままに台所に立つ香也子の後ろでテレビを見ていた。

そのうち、香也子の帰りを待ちくたびれたのか、すぐそばの実家で食事を済ませてくるようになった。
やっと自宅に帰り着き、ばたばたと家の中を片付け、食事の支度をして待っている香也子に、「空腹のまま待ってろって言うのかよ」と言い捨てる。
それなら連絡してほしいというと、「残業するのは自分の責任だろ。なんで俺がそこまで気を使わなくちゃいけない?」という。

「そのうえ、お義母さんもことあるごとに口を出す。
まんまテレビドラマの『渡る世間』だったわよ。
二人が仕事でいない間に合い鍵で入ってきて、私が出勤前に済ませた掃除をわざわざやり直す。
それなら夕食を作っておいてくれたらまだ感謝もするのに、そういうことは一切しないで、息子に不便ばかりを押し付ける嫁だと言いふらすの。
それを夫に愚痴ると、『親の思いやりや気遣いがわからないのか』って、本気で怒るの」
「うわ~~~、勘弁だわ、そういう男」
優奈はお気楽に合いの手を入れてくれる。

当時の香也子は、反論する言葉を見つけることもできず、ただ唖然とすることばかりだった。
あげく、姑からは、「家政学部出身だっていうから結婚を許可したのに、何の役にも立たない」と罵倒された。

「私が大学で学んだのは、みんなが健康で快適に暮らすための学問なの。
お互いに思いやりを持ってサポートしあって、幸せになるにはどういう意識をもって生きていくかを学んだの。
家政学部イコール夫や夫の両親にかしづくように尽くして、どんなに虐げられても黙って耐える奴隷型良妻賢母養成ギブスじゃないっての。
今振り返ると、私、ばかだったのよね。
それでもそんな彼のことが好きだったんだから。
結局、仕事もして家事もして、長期休暇は夫の実家の掃除や洗濯までやった。
気がついたら2年間、一度も実家に帰ってなかった。
電車でたった2時間の距離よ?信じられる?もう私、へとへとだった。
仕事を辞めたいと言ったら、彼は大反対。専業主婦なんて甘えだっていうの、大真面目に。
でも、お義母さんは専業主婦だったんだけれどね。
もう自家撞着もいいとこ。それに、就職してまだ3~4年でしょ。
市役所の職員より民間企業の総合職、営業で歩き回っている私のほうがお給料がよかったから、彼としては私が専業主婦になったらお小遣いが少なくなるの。
そりゃ、お小遣いがなくなったら困るよね、だって、幼馴染と浮気していたんだもの。
地元に帰った直後、私と結婚する前から」

自嘲的に肩をすくめ、黙ってしまった優奈を見るために、手元から視線を上げる。

その途端、香也子は、思わず「うわわ」と口走ってしまった。
危うく、右手に持っている針で布を抑えている左手の指を刺すところだった。

なんと、香也子と優奈の座るベンチを取り囲むように団員たちが集まっていた。
前列にいる人間は体育座りやヤンキース座りをして、中列は中腰に、後列の人間たちは立ったまま。
みんな興味津々の顔をして身を乗り出して、香也子の悲惨な思い出話を拝聴していた。
前列中央に座っている、あんたがたどこさに至っては、手にした小汚い大学ノートに何やら一生懸命にメモしている。

「なるほど、奴隷型良妻賢母養成ギブス、ね。って、養成ギブスって何だ?」
「やぁだ、知らないの?野球漫画の金字塔『巨人の星』の中で、星飛遊馬がはめていたのが、大リーグボール養成ギブスで・・・」
「お前、いくつ?」
「いや~~~ん、ハタチ」

事実上の夫婦、あんたがたどこさとてまりの掛け合い漫才を唖然、呆然と見た後、自分たちを囲む団員の顔に目を見張り、「ユウ!」と、隣に座る優奈をなじる。
もっとも、優奈はそ知らぬ顔をしてそっぽを向いているが。
「優奈!」
「いいじゃない、アンタだって吐き出したかったんじゃないの?
大好きで結婚したのに、ダンナは浮気が発覚したにもかかわらずなかなか離婚してくれなくてさ、1年かかってやっと離婚したときは、人間不信でボロボロ。
友達みんな、言葉にはしなくても、心配してたんだよ」

香也子は優奈の横顔を凝視した。
自分たちを囲むみんなの視線は感じるが、言わずにいられない。
「だから、ここに誘ってくれたの?」
みんながうんうんとうなずいている。
優奈はみんなが代弁してくれたので自分は何も言わず、立ち上がった。
「離婚できてもう4年、大丈夫、そうやって客観的に言えるようになったんだもの、リスタートできるって。
特に、今日だよ、今日ってことに意味がある。
あんたが生まれ変わるにはふさわしい日じゃない。
さて、どこさ、稽古再開!」

その一言に、みんなが「どっこらせ」と掛け声とともに腰を上げ、それぞれの持ち場に戻る。
どんな表情をしていいのかわからず、香也子はそんなみんなの背中を見ていた。
その中で最後に残ったのは、桐野だった。
彼だけは佇んだまま、香也子を見下ろしている。
香也子も彼の目を見上げる。

しばらく見つめ合うと、桐野は、ふっと微笑んだ。
左端の口角を、かすかに上げて。
優しくて柔らかな微笑だった。

その夜、終電目指してみんながてんでに夜道を歩いている。
あんたがたどこさのほか数人は、シュラフを持ち込んで稽古場に泊まると残った。
優奈はこれからバイトだと、ダッシュで帰っていった。
何のバイトなのか、怖くて聞けなかった(多分工事現場の交通整理だと思うけれど)。

桐野は自転車に乗っているから、多分、この近くに住んでいるはずだ。
なのに、今、彼は香也子の横を一緒に歩いている。
みんなのしんがりを。

先ほど自分の過去の話を聞かれたことで、ほんの少し恥ずかしい。
もっとも、香也子は桐野の過去をネットで調べた。こっちの行為のほうが恥ずかしい。
プライバシー侵害もいいとこだ。なおかつ彼の口からも聞いた。
彼の過去に比べれば、自分の離婚話なんてちっぽけなものだと思える、今なら。

「大変でしたね」
桐野が淡々という。
今、彼に比べたら自分の過去なんて大したことないと思ったばかりなのに、慰められてしまった。
「ううん、ユウの言う通りです。もう、大丈夫、かなって。
私の周囲の人、みんな優しいから、離婚直後の私を見ているから、離婚の話、できなかったんですよね。
もう、腫れ物に触るって感じで。
久しぶりにズバリと聞かれて、私もためらうことなく話せた。
ユウ、優奈ってすごいなって思うんですよね、あんな所。
私が運針しているから顔を上げなくて済むことまで計算してる」
「いい友人だ」
「ええ。でも直接、褒めるとすごく照れちゃって不機嫌になるから、こうやってほかの人に褒めるんです」

桐野が笑う。
最初は少々びっくりした笑い声も、慣れてみれば深い響きがある。
耳にはザラリとした雑音だらけだが、心にはその確かな想いが伝わってくる。

「今夜、・・・もう少しして日付が変わったら、母に連絡します。
社会人にもピアノを教えているので、夜遅くまで起きているから」
唐突な桐野の言葉に、香也子は思わず彼を仰ぎ見た。
その背中をシシガシラが守っている。
道の両側に咲く花が、二人を照らしている。

「・・・5年ぶり、です」
「ああ」
白い息がため息を形作る。冷たいはずなのに、温かい。
「とても喜ばれると思います。私が言うことではないけれど、でも、よかった、本当に。
電話・・・で?」
「・・・俺の声は電話では聞き取りにくいと、父、に言われました。
だから、迷っています。メールのほうがいいかもしれない、と」
「お母様・・・、待っていらっしゃいますよね、桐野さんからの連絡・・・」
「どれだけ謝っても、許してはもらえないかもしれない。
でも、どうしても、伝えたい言葉が、あって」
「なんですか?」
「誕生日なんです」

思わず足が止まる。
桐野も怪訝な顔をして足を止める。
「・・・お母様、明日、12月9日がお誕生日なんですか?」
「はい。それが、何か?」
「あ、いえ」

香也子はうろたえたのをごまかすように歩きだす。
傍らのシシガシラにそっと触れると、夜気よりも冷たい花びらなのに嫌ではない。

「・・・でも、母の声が聴きたい。わがままですね」
「そんなこと、ない」

香也子は立ち止った。
それから、桐野を見上げた。

「電話、されたらいいと思います。お母様はきっと分かってくださる」
彼は、香也子の言葉をまっすぐに受け取ってくれたようだった。
ほんの少しだけ、首をかしげて考えたようだったが、ふっと肩の力を抜いた。

「・・・電話にします」
「ええ」
「でも・・・、母は聞き取ってくれるだろうか。
いや、その前に、母の声を聴いてしまったら、臆病になってためらってしまうかもしれない。
この声で・・・」
「桐野さん」
「・・・はい」
「練習、しましょう」
「練習?」
「そう、リハーサルです。本番前のリハーサル。
私に、私に言ってみてください。ね、一度言葉にしてみれば、勇気がわくかもしれない。
お母様の声を聴いても、自信を持って言えるかもしれない」

5年前まで何万人もの聴衆を前に歌っていた人に言う言葉ではないと思いつつ、香也子は桐野を見上げた。
彼も見下ろしている。まじめな表情で。
やがて、それが柔らかな微笑に代わる。
桐野の眼鏡の奥の目尻が、優しいカーブを描いた。
そして、その柔らかな唇が、言葉を生み出す。

「お誕生日、おめでとう」

大丈夫、あなたのお母様は聞き取ってくれる、きっと、いえ、絶対に。
あなたの声には、愛の色が見える。

シシガシラたちが、月の光に笑っている。



12月8日の誕生日花:シシガシラ(寒椿)
              花言葉は、謙譲、愛嬌、紅一点






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