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時のしずく(完結)

時のしずく、ひとしずく(後編)

 ←至福の時♪ →女子力って何?(と、娘はのたもうた)
後編は、「時のしずく」からは離れてしまっているのですが、「鳥」に入れることも難しいし、このままにしておきます。
よろしくぅ~

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ベッドに寝転んで、息をひそめるようにして小説を読んでいたクンホは、控えめなノックの音に気付いた。
母ならノックなどしないでいきなりドアを開く。
父がクンホのスマホを手に部屋に入ってきた。

「お袋、大丈夫?」

父がうなずく。

まぁ、何があってもとうさんさえそばにいれば、お袋は大丈夫なんだけれど。

「真っ赤な目をしたまま、また校正作業に取り掛かったよ。明日の朝イチで出稿だそうだ」

父がベッドの足のほうに腰かける。
クンホも起き上がると、なんとなく父とは距離を取って座り込んだ。

「イ・ヒソンって、誰?とうさんも知らない人?」
「誰って・・・、お母さんの後輩だよ。カリン出版に勤めていた人だ。
とうさんも何回か話を聞いたことがある。もう・・・、10年以上前だけれど」
「10年以上前・・・って、でも、あの人、若く見えたよ。
30歳より若いと思ったんだけれどな。女の人ってわかりにくい」

クンホの怪訝な口調に、父は、その特徴ある目尻を下げて優しく微笑んだ。

「いいんだよ、それで。でも、お母さんはとても嬉しそうだった。
さっきも、嬉しさのあまり泣き出したんだから」

嬉しさのあまりというより、どっちかと言えば驚愕していた感じだったけれど。
でも、クンホは黙っていた。
父の口調は穏やかで優しくて、それがすべてだと納得できるものだった。

父は手にしていたクンホのスマホにもう一度視線を落とすと、それからクンホへとそれを差し出した。
「さっきの写真は母さんが削除した」
「なんで?二人の元気な姿を見て、泣き出すほど嬉しかったんじゃないの?」
クンホの素直な疑問に、父は穏やかに首を振る。
「だから、だよ」
「?」
「お母さんがそれでいいというのなら、とうさんもそれでいい」

はいはい。
とうさんがそれでいいというのなら、俺も何も言えない。

二人の間に沈黙が落ちる。
普段の父は饒舌な方ではないので、時々、親子は黙って時の流れを見守ることがある。
父の沈黙はとても表現が豊かなので、今も父が楽しんでいることが分かる。
決して居心地悪いわけではないけれど、でも、さすがに高校生の息子には照れくさい。

「とうさん・・・、今さらだけれど、なんでお袋と結婚したの?」

自分で言い出してしまったくせに、後悔。

父はほんの少しだけ目を見張った。

ふり返ってみれば、今まで両親のなれそめなど尋ねたことはない。
世間のお節介な人たちがいろいろ吹き込んではくれたけれど、それ以上に、両親の周囲の人たちが、「君の両親が誰よりも愛し合っているということだけが真実だ。噂を信じてはいけない」と、繰り返し教えてくれた。
みんな、父を敬愛し、母を畏怖(それは一つの愛だ)している人たちばかりだった。

そんな人たちに囲まれていると、逆に両親のなれそめを聞くのは怖いような気がして憚られたし、ませた女の子なら、早々に聞き出しているかもしれないが、そんな気恥しいこと真面目に聞けるか!とも思っていた。
もっともあの母親だ。
クンホが尋ねれば、お目目キラキラで話してくれただろう。
幸いなことに今までそんな機会には恵まれなかったが。

父が楽し気な息を吐く。
思わず見返すと、父は視線で息子をからかっている。

「今さらだね、ほんとに」
「ていうか、今まで聞いたことなかったし、なんか、不思議だよな、お袋ととうさんは」
「どこが?」

とんと突っ込まれて、クンホは思わず言葉に詰まった。
そんな一人息子の反応を面白そうに眺めている。

生を享けて間もなく半世紀にならんとするのに、相変わらず世間様から「端正な」と評される容貌を持った父親を、クンホはなぜだか直視できずに視線をそらした。

母親がこの父親に惚れぬいて、自分の人生よりも父を愛していた師匠から略奪した(母親の悪友のファン・ヘナおばさん談)というのも、まんざら嘘ではないなとクンホは思う。
(もっとも、もっと詳しい話をしてくれるのかと思ったが、ヘナおばさんは、「詳しいことは両親に聞きなさい」と、言葉を濁してそれ以上は話してくれなかった。
「これ以上話したら、君のお母さんになぶり殺されちゃうわよ!」と付け加えるのは忘れなかったが)

でも・・・、その「師匠」って、男性なんだよなぁ。
とうさんは、女性にも男性にも、それこそ老若男女、性別も年齢も超えて愛される、稀有な人なんだな。
それに、とうさんも師匠を深く敬愛していたとおふくろはいつも言う。
だから、その名前を頂いたのだと。
それは、本当に幸せなことなのだと。
お袋は繰り返し繰り返し、宝物をそっと抱くようにささやいてきた。

とうさんもお袋みたいな、ちょっとエキセントリックでちょっとユニークで50歳を超えてもアバンギャルドで、気が強くて頑固で普通の人では御しにくい女性(って、息子が言うのもなんだが)から、男性まで愛せる懐の深い人間なんだよなと、クンホは心の中で感心してしまう。

「どうした?」
「あ、いや、なんでもない」

笑えばクジラ目になる父親の目は、いつも穏やかで微笑んでいるように見えるが、その目がレンズを通して世界を見るとき鋭く光を放つのを、クンホは幼い時から何度も目の当たりにしてきた。
カメラに隠れてしまうから誰も気づかないが(お袋は知っているだろうけれど)、そんな目でみつめられたらこっちの心うちなど簡単に見透かしてしまうだろう。

「だからさ、なんでお袋だったの?」
「なんでだと思う?」
「あのね、尋ねたのは俺だよ。質問に質問で答えるのは卑怯だって、お袋がよく言うよ」
「だから、だよ」
「え?」
「君のお母さんは、いつもまっすぐだ。偏見もない。だから、君も偏見のない子に育っただろう?」

確かに。
いやいやいや、それでは答えになっていない。

不服そうな息子の顔を見て、ジンウは、柔和に目を細めた。
最近とみに妻に似てきた息子を、改めて視線で包み込む。
思春期を迎えて男性らしい大胆さが加わってきたが、それでも、妻の勤める出版社のファッション雑誌の編集部から、「ぜひ赤ちゃんモデルに」「キッズモデルに」「制服が似合う高校生モデルに」と言われ続けている容姿は、父親としてだけではなく、プロのフォトグラファーの目から見ても誇らしい。

「リュ・ジンウssiが撮影したクンホ君の写真集を」という企画が持ち込まれたことも、一度や二度ではない。
そのたびに、妻が鼻で笑って蹴り飛ばしてきたが、写真集など何十冊もできるほどに写真を撮り続けているのは、ジンウよりも妻のトゥエンだった。

その息子が唇を尖らせながら、また問うてくる。
「お袋のひとめぼれにとうさんが巻き込まれたって、ヘナおばさんは言うけれど?」
「ヘナssiは、おもしろがっているだけだよ。
お母さんが、じゃなくて、とうさんのひとめぼれだ」
「げ?とうさん、マジ?」
「当然」
わざと大げさに得意げな表情を作った父親に、クンホは心底、感心した。
ボランティア精神も極まれりだ。

「とうさん、女性の趣味、変わっているって言われなかった?」
父親は少しだけ小首をかしげると、
「そういえば、当時の母さんのボスに言われたような気がする。
ほら、よくうちに遊びに来ては、ワインを飲み干す・・・」
「ああ、きれいに禿げているおじさん。お袋が『ボス』って呼んでいる人だね。
今じゃ、直接関係ない部署にいるのに」
「そう。母さんはあの人のこと、いつもぞんざいに扱うけれど、でも、俺たち二人ともすごくお世話になっているんだよ」
「うん、それはわかる。お袋、口では散々だけれど、いつもおじさんの好きなワインをそろえているし、料理だって凝ってるよね」

ジンウは苦笑で答えた。
「まぁ、ボスはもっとあっさりしたもののほうがいいらしいけれどね、最近は」
「あのおじさんが言ったの?女性の趣味が悪いって」
「それほどストレートじゃないよ。でも、勇気あるなとは言われた」

父親が楽しげに笑うので、クンホはそれが誉め言葉だったのだと悟った。

「素敵な女性だろ、母さんは」

肯定しづらい。
表情から読み取ったのか、父親は高らかに笑い出す。
それから、少しだけ厳めしい表情を作って尋ねてくる。

「嫌いなのか?」

クンホは激しく首を振った。
それは考えるより先の脊髄反射。

「苦手なのか?」

・・・ほんの少しだけ躊躇して、それから、小さく首を振る。
父が楽し気に苦笑するのを、クンホは恨めし気に見た。

「愛しているだろ?」

クンホは硬直。
肯定できるか、そんなこと。
恥ずかしすぎる。

目をまん丸くしてフリーズした息子を見て、またまた父親は笑い始めた。

「大丈夫だよ、母さんは、クンホが思っている以上に君のこと愛しぬいているし、もし、万が一、君が『お袋なんか、大嫌いだ!!!』って叫んでも、鼻で笑われる」
クンホは恨めし気に父親を見た。

なんでわかる?
それは2年も前に経験済みだ。

母親には、「いっちょ前に反抗期?いいわよ、どこまでも付き合ってあげるから」と言われ、結局、あえなく玉砕してしまったのだ。
友人たちには「情けないなぁ、お前」と言われ、違う友人には、「まぁ、あのおかんと親父さんでは反抗しづらいよなぁ」と同情されてしまった。
以来、反抗期というにはあまりにもささやかな抵抗だが、母に対しての口調はややそっけない・・・つもりだ。

突然、父親の大きな手が、クンホの頭を後ろからがっしりとつかんだ。
驚いて父をみると、彼は大きく微笑んでいる。

「お母さんととうさんの子どもに生まれてきてくれて、ありがとう」

はい?
な、なんだなんだ、なんだ?

「本当に感謝している」

・・・・・・(絶句)。

言葉もなく自分を凝視している一人息子を見て、父は手を外すと、ふっくらと形の良い唇の左端を少しだけ上げる微笑を返してくれた。

それは父の癖だった。
ほかの人がすれば冷笑やら皮肉っぽく見えるのがせいぜいだけれど、父は違った。
苦笑にも自嘲の笑いにも見えることもあるけれど、悲哀や憐憫もそれは表現した。
けれど、それ以上にその微笑みは優しさで抱み込み、はにかみや感謝さえもにじませているのだ。

「とうさん」
声がかすれたのは恥だけれど、今は勘弁してほしい。
「なんだ?」
「ほんと、チャレンジャーだよね」
「でも、君が生まれてくれた。そして、今、とうさんは幸せだ。結果オーライだろ?」

まあね。

「それにしても…」
「なに?」
「君はお母さんによく似ている。まるで偏見がない」

それは先ほど聞いた。
というか、父親は元同性愛者(と、世間の噂は言う)で、母親は、誰もが認める「変わった人」(じゃなかったら、編集者なんかやってらんない!と、母とヘナおばさんは言う)で、幼い頃から目には見えないけれど、誰かに抱かれ守られていると自覚している身では、偏見の持ちようがない。

とはいえ、「それ、褒めてる?」と尋ねれば、父はもう一度、柔らかく口角を上げた。
秋晴れよりも春の陽ざしに近い微笑で。

「まさか、ヴァンパイアまで呼び寄せてしまうとは」

???

でも、父はそれだけ言うと、ベッドから腰を上げ、怪訝な顔をしている一人息子を置いて部屋を出ていった。

クンホは閉じたドアをいつまでもみつめていた。
そこには、ヘナおばさんからもらったアイドルのポスターが貼ってある。

不思議なことに、高台にある自宅には、父の写真は1枚も飾られていない。
それは、父の意向なのだろうと、クンホは思う。
母ならば部屋中に父の写真を飾りそうなもんだけれど、けれど、自宅には父の作品は1枚もなくて、代わりに母が撮った家族写真が様々なフォトフレームに飾られて、あちこちに散乱している(よく父が許すとクンホは思う)。

それが・・・、リュ・クンホの父と母。

「クンホ」
また誰かの声が聞こえる。

いや・・・、それが誰の声なのか、クンホは知っている。

「君は本当にいい子だね」

ううん、違うよ。
それは、あなたが、俺・・・、僕が赤ん坊のころから、ううん、もっと前、あの母のおなかにいるときから、「いい子だね」と、ささやき続けてくれたから。

「クンホ」

古めかしい名前だと言われるけれど、僕は好きだよ。

「クンホ」

うん、わかった。

クンホはベッドから立ち上がると、スマホを布団の上に投げ出して部屋を出た。

父は書斎に戻らず、リビングのソファに座って新聞を読んでいる。
母は先ほどと同じように、ダイニングテーブルの上でうなっている。
(仕事部屋があるのだから、そっちですれば集中できそうなものなのに)
けれど、それが先ほどの醜態(?)の照れ隠しなのだと、一人息子にはバレバレだ。

「コーヒーでも淹れようか?」

うわ、そんなセリフ吐くなんて、自分でもびっくりだ。

案の定、母が驚いた目をして顔を上げる。
まだその目が赤い。
相当泣いたんだろうなと、今さらながらに母の喜びの深さに思いはせる。

「クンホ」
「なに?」
「ううん、ありがとう」

クンホはキッチンの中に入った。

母はまたテーブルに視線を戻してしまったけれど、それで構わない。

母の「ありがとう」が、コーヒーを淹れることになのか、それともほかのことをさしているのか曖昧だけれど、それも、いい。

父がちらりと新聞から視線を上げ、小さくうなずく。

ガラスの花瓶に活けられた大輪の薔薇が、ひときわ高く香りを放った。


                          了







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