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「街角シリーズ」
街角に光あふれて

街角に光あふれて【第14話】

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【第14話】


・・・しかし、ジョンファの療養生活は少しも「ゆっくり」となんかできなかった。

ジョンファが動けないことをいいことに、ここぞとばかりに会社の女性社員がお見舞いに押しかけてきた(らしい・・・というのも、私は昼間は仕事だし)。
私が仕事のあと病室に戻ると、毎日のように花束やら花かごが増えていった。
ナースセンターで確認すると、婚約者である私に対して「お気の毒な」というか、「こんなにのんきで大丈夫か、この人」とでも言いたげな哀れむような複雑な表情で、ナースたちが毎日の騒ぎを伝えてくれた。
中には昼休みに走ってくる女性社員もいるようだった。
「ジョンファ、もてて嬉しいでしょ」と、ヤキモチと皮肉を同じ割合に混ぜ合わせた口調で言うと、「ジェヨン ssiも嬉しいでしょ、こんなにもてる僕が婚約者で。また僕の株、高騰しているみたいだよ」と、あっさりと言い返してくれた。

「チェミン!!あなた、三日に空けずお見舞いに来るそうね!!」
誰にも当たることができずに、つい気安いチェミンに電話で文句を言うと、
「だぁって、先輩、こんなチャンスめったにないもん!今までジョンファssiったら、のらりくらりと私たちの誘いをかわしてたんですよぉ。その上、先輩、ソジンssiの会社、忙しいんでしょ?代わりに私たちがジョンファssiの看病してあげるから、安心してお仕事してくださいね~」と、言い返されてしまった。

彼女たちは自分の仕事が終わると大急ぎでグループで病室に駆けつけ、何かとジェンファの世話を焼き(実際にはさほどすることはないのだが)、私が病室に戻る5分くらい前を見計らって脱兎の如く(?)帰っていった。
実際に病室にいる時間は30分ほどだが、短時間でもジョンファのそばにいられることが楽しくて仕方がないとでも言うように、彼女たちは出没した。
「婚約者」である私を一体なんだと思っているのか。
毎日彼女たちと入れ違いに帰ってきては、「今日も来ました?」と、内心、面白くないにもかかわらず聞かずには入られない私を見かねてか、ある日、ジョンファ担当の若いナースがナースセンターからわざわざ出てきてくれた。
彼女は偶然ジョンファの担当になったのだが、同僚たちからはひどく羨ましがられているという。

「大変ですね、ジョンファssi、とても素敵な方ですから」
「・・ええ」

こいつも面白がっているな・・・と、つい、返事がつっけんどんになってしまう。
彼の病室へと向かう私と、彼女は一緒に歩いてくれる。

「でも、私たち、羨ましいんですよ。
麻酔が切れかけのときって、とんでもないこと口走る患者さんも多いんです。
ほとんどの方は痛みを訴えるんですが、中には、仕事の内容を延々と喋ったり、
ご主人や奥様以外の方の名前を呼んだり、お姑さんやパートナーの悪口を言ったり・・・。
目が醒めてすぐに夫婦喧嘩が始まるってのも珍しくないんです、実は。
でも・・・、ジョンファssiは・・・」

そういえば、あの時この若いナースが彼の点滴を調節してくれていたんだっけ。

「私たち、患者さんの噂話は禁じられているんですが、つい、ジョンファssiのことになると・・・」

へへへ・・・と、彼女は肩をきゅっとすぼめた。
ピンクのユニフォームがとてもかわいい。

「麻酔が切れ掛かっているときって本音が出ちゃうものです。だから・・・」
「ありがとう」

私は彼女の言葉を遮った。
焼き餅を嫉いた私が恥ずかしかった。

「ジョンファssiはとても人気者で、私たちの間でもファンが多いんですよ。
独り占め、すっごくうらやましいです」

彼女はにっこりと笑うと、「じゃぁ、検温にいってきます」と、すぐそばのドアの中に消えた。
若いナースにまで慰められちゃうなんて、私ってホントに情けない。

でも・・・私たちの災難(?)はそれだけではすまなかった。
休日になるたびに私の妹たち(夫や子どもたちが一緒のときもあった)が、時には両親まで、「お見舞いツァ~」なるものを組んで病室に出没するからだった。
彼女たち(つまり妹や姪っ子、時には母まで)はジョンファが動けないことをいいことにベッドサイドに陣取り、彼の顔をじっくりと鑑賞しつつ、その耳障りのいい声に耳を傾けた。
私がその場にいるというのにまったく私の存在は無視されてしまった。
彼女たちにすれば、傷だらけの彼の顔は「痛々しくて母性本能をかきたてられる」(サリナ談)らしいし、お仕着せのパジャマも「彼だから似合う」(ジェナ談)ということだし、「遠いところわざわざすみません」という声には、そそられる(母談)そうだ。
あらそ・・・。
義弟たちよ、何とか言え!
お父さん、あなたの妻を何とかして!

「いい加減にしてちょうだい!彼は病人なのよ!」という私の声は完全に無視された。
あろうことか、サービス精神旺盛なジョンファは、お医者様から「無理をしない程度に歩いても大丈夫」と診断されてからも、彼女たちが病室に現れるとちゃんとベッドの中でおとなしく寝ている。
その方が母性本能を刺激される彼女たちが喜ぶことを知っているからだ。

・・・頭痛くなってきた・・・。

けれど、ジョンファの両親と私の両親の挨拶はスムーズに交わすことができた。
お互いの両親が病室の中で和やかに自己紹介をしあって、穏やかにいたわりあう様子を、私はジョンファのベッドサイドにたたずんで見守ることができた。
そんな両親たちの目を盗んで、ジョンファは私の手をそっと握った。
安心と信頼をこめて。
私も握り返す。
私たちはもう家族だった。

静かに暮らしているジョンファの両親は、休日になるたびに訪れる私の妹たちの賑やかさに最初は閉口していたようだが、だんだん面白がるようになっていた。
特にジョンファ似の母親は、珍獣でも見るようにかまびすしい妹たちを眺めていた。
娘を持たなかった彼女すれば、似たような年齢の女たちが遠慮なく喋りあう光景というのは初体験に近いものかもしれない。
今では会うことも遠慮している亡き長男の嫁(つまりジョンファの元義姉)も、どちらかといえば物静かな女性だった。
最初は妹や姪っ子の賑やかさに圧倒されていたようだが、遠慮のない妹や母親から誘われるまま、おしゃべりの仲間に加わり始めた。
そして、十分予想されたことだったが、そのうちリーダーシップをとり始めた。
つまり、妹たちを従えて、「今日はあそこへ買い物に行きましょう」とか、「おいしいところを見つけたの、ランチはそこに決めてあるわ」と、率先して出かけていくようになったのだ。

妹たちもまた、彼女に嬉々として従っている。
そりゃそうだろう。
日ごろ、ソウルとは比べ物にならないほどのどかな町で、のんびり気ままに暮らしているンだもの。
ソウルで生まれ育った生粋のソウルっ子のジョンファの母にかかったら、赤ん坊より御しやすいに違いない。
妹や姪っ子、そして私の母にとって、ジョンファのお見舞いにかこつけたソウル観光は、ジョンファの母親の見事なガイドもあいまってとてもとても楽しいはずだ。
最初はお互いにけん制しあう気配も見せた母親同士だったが、何のことはない、意気投合してしまったらしい。

「ジョンファ」
「ん?」
「ごめんね、うちの家族ったら」

いつもの如く、賑やかに病室を出て行った女たちの声がドアの向こうに消えると、私はジョンファの傍らに歩み寄った。
彼は起こしたベッドに背中を預けて、私を見上げている。
顔の擦り傷はほとんど消えかかっている。

「うちの?違うでしょ。あなただけの家族じゃない、僕の家族でもあるんだ。
僕の両親だって、あなたのご両親や妹たちの家族だよ、そうでしょ?
母さんがあれほど嬉しそうに出かけるのって、最近見たことなかったもの。
今夜は僕の家で、お義父さんや妹さんたちのご主人も交えての大宴会をやるらしいよ」

私は言葉を失う。
そんな話聞いてない!

「うそっ!
彼女たちがあなたのお家でどんな騒ぎをやらかすか、お義父さんたち、呆れ返るわ!」

「大丈夫だよ。逆に喜ぶと思う。
いつも二人だけでひっそりと暮らしている家に、賑やかな声が響くと思うと、僕だって嬉しい」
「だって、ジョンファ」

あまりの一族のずうずうしさにうろたえる私を、彼は面白がって見ている。

「ジェヨンssi。ジェヨンssiってば」
「だって、だって、ジョンファ」
「落ち着いてよ。こっち見て」

彼の手が私の手を握って引き寄せる。

「心配しなくても大丈夫だってば。
僕たちは兄夫婦を失ったけれど、あなたという人を得ると同時に大勢の楽しい家族をも手に入れた。
ねぇ、ジェヨンssi。あなたは僕たち一家の青い鳥なんだよ、自覚ある?」

また涙があふれそうになって、私は彼の頭を抱き寄せた。
家族の少なかったジョンファやその両親にとって、やたらうるさいわが一族は、拒否されてしまう可能性が高いのでは・・・と、正直な話、私は危惧していた。
しかし、それは杞憂だったようだ。
時には妹たちの傍若無人な態度も役に立つか・・・と、私は心の中でつぶやく。
ジョンファは私の腕の中で、一つ息を吐いた。

「ジェヨンssi。
ねぇ、僕が怪我して、すごく心配したけれど、いいこともいっぱいあったでしょ。
僕たちは仲のいい家族になれたし、僕はあなたに思い存分甘えることができた」
「・・・そして、私は、チェミンをはじめとする会社のオンナノコたちや、母や妹や、ナースにまでヤキモチを焼かなくちゃいけなくなった」

彼が朗らかにくすくす笑う。
その息が私の胸にくすぐったい。

「ジェヨンssi」
「なぁに?」
「・・・あなたが欲しい」
「・・・」
「早く退院して、あなたと一緒に眠りたい」
「ジョンファ」
「・・・もう一回」
「何?」
「もう一度、名前を呼んでよ」
「・・・ジョンファ」
「・・・早く、あなたが欲しいな・・・」

私の愛する駄々っ子は、私の腕の中で目を閉じる。
人を愛するということは、どこまで深い想いを与えてくれるのだろう。
この人を愛することで、私はどこまでも優しい気持ちになれる。

ジョンファ。
私だって、あなたに抱かれて眠りたい・・・。


私は結局、ジョンファの入院中、1日も仕事を休まなかった。
手術の翌日も、「ソジンssiに迷惑かけると悔しいから仕事に行けよ」と言うジョンファと、「私がついているから大丈夫よ」という母親の言葉に無理やり背中を押され、しぶしぶ仕事に向かった。
定刻どおりに出社した私の顔を見て、ソジンは驚いたが、黙って仕事を与えてくれた。
もちろん、私は仕事なんか手につかなかったが、黙って見守ってくれたソジンのほうがずっと居心地が悪そうだった。
彼は、傷だらけのジョンファに喪くしてしまった妻と子どもの影を重ね、どこか落ち着かないのだろうと、私は思う。

「見舞いには行かないからな」
ソジンは私にそう言った。
「早く退院して顔を出せといっておけ」

それをジョンファに伝えると、彼は彼で嬉しそうにうなずいた。
いつの間にか、ソジンとジョンファの間には、私の知らない絆が結ばれていたようだった。
仕事の上では切れ者といわれている二人。
お互いの実力を認め合う好敵手であると同時に、頼りになる先輩、鍛え甲斐のある後輩、そして、多分にジョンファが無意識に求めているのだろうけれど、兄弟のような感情も生まれているようだった。

私は毎日、仕事が終わると走ってジョンファの病室に駆けつける。
空調は利いているが、私はベッドサイドの窓を大きく放って、私が来る直前まで居座っていた女性社員たちの残り香をさっさと追い出し、ジョンファにくちづける。
その日も、窓を開け放って大きく息を吸い込むと、

「ジェヨンssi」という彼の声に振り返った。
ベッドの上に起き上がって、彼は私を、そして私の後ろに広がる街並みを見つめている。

「なに?」
「光が、あふれている」

そういうジョンファのほうが夏の光を浴びて、くっきりと美しい輪郭を浮かび上がらせている。
短く切られてしまった髪の毛も今の彼にはよく似合う。
眩しさに目を細めているが、きゅっと口元の両端を上げて微笑む彼はなんてきれいなんだろう。
手を伸ばせばすぐそこに彼がいる。
「愛」という光に包まれてそこにいる。


午後6時を過ぎても、まだ夏の太陽はまぶしい光を投げかけていた。
窓の外には様々な高さのビル街が広がり、そのすべての窓ガラスが、太陽の光を反射して茜色にきらめいていた。
刻々と変わってゆく光の角度にあわせ、街は様々な表情を見せてくれる。
ビルの間を縦横に走る道路に連なる車のガラスも、虹色の光のネックレスのようにゆったりと流れてゆく。
普段は雑音としか思えない街の喧騒も、どこか懐かしそうに聞いているジョンファの表情を見れば心地いいから不思議だ。
光を受けたジョンファが輝いているように、私もきっと彼の前で光に包まれているに違いない。

「ジェヨンssi」

ジョンファが何かをささやこうとした。
でも私は黙って首を振った。

「ねぇ、ジョンファ。私、この1年、本当に幸せだったわ。
あなたに振り回されて、おろおろしたり、怒ったり、泣いたり笑ったり。
でも、何があってもあなたはいつも私を抱きとめてくれた。
ジョンファ、ねぇ、早くよくなってよ。
今、街にあふれている光の中を、あの光の中を一緒に歩きましょう」

彼が私に向かって手を伸ばす。
私もその手をとった。
そっと抱き寄せられて、私は光の中で彼の胸に顔を寄せた。
まだ薄いギブスに包まれた彼の胸から鼓動が響いてくる。

「ジェヨン」
「ジョンファ」

窓の外が茜色に染まり始めた。
薄紫色の雲に反射するまばゆい夕焼けが、私たちを包む。
私たちが歩き続けた街角に光があふれる。
私たちはその夕焼けが西の空に沈んでゆくのをいつまでもみつめていた。 





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